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「トータルフットボール」のピースとして重用されはじめた遠藤 三笘を辟易とさせた「アンチフットボール」

森昌利

三笘にとってはそれほど“語りたくない試合”だった

三笘はひたすら守るエヴァートンを相手にリズムをつかめず、3戦連続ゴールはおろか、まともにプレーできなかった 【Photo by Mike Hewitt/Getty Images】

 火曜日の夜、そんな新時代を感じさせるスロット監督の選手起用を見た筆者は、4日後の土曜日午後、まるで20世紀に引き戻されたかのような、古色蒼然としたアンチフットボールを見せつけられた。

「守備が堅いのは分かっていましたけど、もっと前半からボールをキープすることだったり、守備の強度を上げなければいけない試合でした。空中戦だったり、時間稼ぎするところだったり、うまくやられたなと思いました」

 三笘薫は試合後、淡々とそう語ったというが、内心ははらわたが煮えくり返るようだったに違いない。

 と、三笘の気持ちを想像で記したのは、このコメントは試合直後のテレビ用インタビューのもので、筆者が直接対面して聞いたわけではないからだ。

 三笘は気が滅入るような0-1の惜敗に終わったエヴァートン戦後、我々日本人記者団が待つミックスゾーンに姿を見せなかった。27歳日本代表MFが取材に応じなかったのは今季初めてだと思う。これまではどんな結果であろうと必ず我々の前に現れて、話をしてくれたのだ。しかしこのエヴァートン戦は、それほどまでに“語りたくない試合”だったのだろう。

 それにテレビのインタビューならそこまで深掘りされないが、我々の取材ではもう少し突っ込まれてしまう。例えば前出の発言を受けて、相手が「時間稼ぎする」ことをどんなふうに感じていたか、と。あまり思い出したくない試合中の感情を呼び起こすような質問が飛んだだろう。それは三笘にしてみたら、かなり不快な感情の再生だ。

 エヴァートンは1月11日に、デイビッド・モイーズを12年ぶりに監督として呼び戻していた。モイーズはこのブライトン戦でプレミアリーグでの指揮が700試合に達し、通算828試合のアーセン・ベンゲル、同810試合のアレックス・ファーガソンに続く3人目の偉業を達成した。

 しかし、ベンゲル、ファーガソンという攻撃的なスタイルで天下を取った2人の偉人との比較で、モイーズは真逆とも言える守備志向が強い監督の代表格。守りを固めて相手をゼロに抑えて、“負けない”ことを目指す指揮官である。

 ご存知の通り、モイーズは名将ファーガソンの後継者として2013-14シーズンにマンチェスター・ユナイテッドの監督に就任した。しかし1年目の4月22日に退任――と言えば聞こえはいいが、事実上の解任でクラブを去った。

 当時のマンチェスター・Uに香川真司が所属していたことで、筆者は監督会見に何度も出席したが、ドルトムント時代はセカンドストライカーとして輝いた香川を4-4-2の左サイドハーフで起用して、「左サイドバックとの守備の連携に課題がある」と話したところで、センスのなさを感じたことをよく覚えている。

 よく言えば現実的で、クオリティ不足を高い規律で補う監督だが、前時代的と言えるほど守備的で、ゴールを奪うための創造的なアイデアを生み出すことはない。

 そういう監督だから、これも想定内と言ってしまえばそれまでだが、三笘の復調もあって攻撃的なフットボールでアウェー戦連勝を飾ってこの試合を迎えたブライトンを相手に、ゴールを奪い合うフットボールの原則に反する、まさに守り一辺倒のアンチフットボールを展開した。

 ブライトンのように、テクニカルな若手選手を中心に連携してチャンスを作るチームは、こうした老かい、と言えばこれまた聞こえがいいが、とにかく守って守って、勝ち点を奪うためにはなりふり構わずにリズムを崩そうとしてくるチームを相手にすると、やはりフラストレーションが溜まる。

 試合終了直後に数人のエヴァートンの選手とブライトンの選手が揉み合ったが、それもブライトンの欲求不満が爆発したのだろう。

ゴールを否定したフットボールでは強豪復活はあり得ない

モイーズ監督(右)が志向するのは徹底して守る“負けない”サッカー。こんな前時代的な戦い方では、低迷が続くエヴァートンを真の復活に導くのは難しい 【Photo by Bryn Lennon/Getty Images】

 エヴァートンのスタッツを見ると、シュートはわずか3本。そのうち枠内シュートは1本。しかもこの唯一のオン・ターゲットは前半42分にイリマン・エンディアイが決めたPKで、オープンプレーからのシュートは前半、後半にそれぞれ1本ずつだった。この数字を見ても、エヴァートンがいかにゴールを目指さなかったか分かるが、そんなモイーズのチームが1-0で勝ってしまうのだから、ときにフットボールは残酷だ。

 しかもブライトンがポゼッション68.9%とボールを支配し、計16本のシュートを浴びせた試合の勝敗を分けたエヴァートンのPKは、VARの結果、ブライトンDFヨエル・フェルトマンのハンドが発覚してのものだった。

「さあ、ここからだ! まずは同点にしてくれ!」と本拠地ファルマー・スタジアムを埋めたブライトン・サポーターが気勢を上げるたびに、エヴァートンGKジョーダン・ピックフォードがモタモタしてなかなかゴールキックを蹴らなかった。スローイングにもやたらに時間をかけ、フリーキックやコーナーキックの場面では完全に試合が止まった。さらにはちょっと当たっただけで大袈裟に痛がり、ピッチに倒れ込んで転げ回るアウェーチームの選手が続出。エヴァートンの救急隊がピッチ内に入るたびに怒号とブーイングが巻き起こった。

 もちろんプレミアリーグの勝ち点1がどれだけ重いものか承知している。しかしここまでのアンチフットボールを展開されると、後味が悪いのはもちろんだが、エヴァートンの将来が不安になった。

 英1部リーグ優勝9回を誇り、1980年代には地元ライバルのリバプールと交互にイングランドを制覇した名門クラブは、来季は5万2888人収容の新スタジアムに移る。しかしこんなフットボールでは真の意味での強豪復活はあり得ない。

 それにやはりフットボールの華はゴールである。得点が難しいスポーツだからこそ、それが決まった瞬間、ファンの喜びが爆発する。そしてそのクラブを愛する全ての人々の感情を満たすのである。

 無論、カップ戦で弱小が超強豪と対戦した際などに、まずはとことん守り、そのなかで本当に数少ない勝機を待つという戦法をとることはある。しかしフットボールの華であるゴールを否定したアンチフットボールをプレミアリーグのシーズン半ばで展開してしまうと、たとえ勝利をつかんでも共感を呼ばず、評価は低い。

「負けてなお強し」という言葉があるが、この日のエヴァートンの勝利に立ち会った筆者の頭の中には“勝って格下”という言葉が思わず浮かんでいた。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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