サッカーと野球~プロスポーツにおけるコンバートの意義

西武の古賀悠斗を遊撃手から捕手にした理由 高校時代の恩師・八木啓伸監督が語るコンバート論

福岡大大濠時代の古賀(右)は自分たちの代になって遊撃手から捕手に転向し、大きく成長。三浦(背番号1)とのバッテリーで甲子園を沸かせた 【写真は共同】

 高校時代にポジションを変えてポテンシャルが引き出され、プロ野球への道を切り開いた選手は少なくない。現在、埼玉西武ライオンズの正捕手として活躍する古賀悠斗もその1人だ。福岡大大濠では2年夏までショートだったが、同秋にキャッチャーに転向し、全国区の選手となった。同校の八木啓伸監督は、なぜ古賀を捕手にコンバートしたのか。現オリックス・バファローズの山下舜平大ら、ほかにも何人もの教え子をプロに送り出してきた八木監督に、ご自身が考えるコンバート論をお聞きした。

コンバートする理由は4つある

――古賀悠斗選手は高校2年の、1学年上の代では遊撃手として公式戦に出場していました。2年生の夏の大会が終わり、新チームから捕手に。八木監督のなかでは、いつ頃からコンバートを考えられていたのですか?

 2年生の5月頃には、「最上級生になったときにはキャッチャーをやるか」ということを伝えた記憶があります。2年生のゴールデンウイークぐらいですね。

――コンバートしようと思った最大の理由はなんですか?

 私はコンバートについては、基本的に4つ理由があると考えています。

①本人の適材適所
②チームの構成上の理由
③本人のモチベーションを上げたい
④本職のポジションに付加価値を付ける

 この4つです。古賀については、一番の理由は③でした。

 彼の目標はプロ野球選手になることだというのはずっと聞いていました。そのために一番近いのはどこか、という話を本人ともして、キャッチャーをやれば先が見えてくるんじゃないかと。そう伝えたら、「じゃあやります!」みたいな感じで、モチベーションがぐっと上がった印象でした。

 ショートをやっているときは、けっこうミスが多かったんです。ゴロを捕球するときに、打球と衝突気味になるというか、捕るのがちょっと苦手だった。自信をなくしている部分があったんです。そこで、彼のモチベーションを上げるために、コンバートの提案をしました。

「捕手だったらお前の長所を活かせるんじゃない?」と。あのときの古賀は自分の短所に目がいっていたので。長所はやっぱり、スローイングだったと思います。肩ですね。

 つまり、古賀のコンバートは4つの理由でいうところの③に加え、①の「本人の適材適所」が組み合わさった形でした。

古賀は捕手転向で明らかに変わり、監督としては「しめしめ」

古賀(左)の捕手へのコンバートは大成功だった。中大を経て入団した西武でレギュラーをつかみ、いまや侍ジャパンの一員だ 【Photo by Gene Wang/Getty Images】

――未経験のポジションで、最初は課題もたくさんあったと思います。どのように成長を促したのでしょうか?

 試合に出し続けました。キャッチャーとして、肌で感じる部分であるとか、うまくいかないこととかが多かったと思うんですけど、それを我慢して、1日2試合の練習試合があれば、彼をずっとキャッチャーで出し続けました。

 かなりしんどかったと思います。突き指をむちゃくちゃしてました、最初は。指が腫れ上がって、テーピングをぐるぐる巻きにして球を受けていました。でも、それで弱音を吐かなかったですね。自分がしっかりしないと、捕手というポジションで一本立ちしないと、チームがぐらついてしまう、チームが成り立たなくなる。そういう責任感もあったと思います。

――コンバートの狙いだった「モチベーションを上げる」ことに成功したわけですね。

 そうですね。めちゃくちゃ「しめしめ」でした。それまで古賀はどちらかというと、こう目立つタイプっていったら変ですけど、主力として「おれが、おれが」というタイプだったんですけど、黒子に徹するようになりました。

 フォア・ザ・チームの精神というのが彼に植えつけられていった。精神的に大人になったというか、役割を理解するというか。そういうところがすごく彼にマッチしたなという印象がありました。

――バッテリーを組んだのは、今季までDeNAでプレーした三浦銀二投手でした。

 一番苦労していたのは、ブロッキングでした。最初はよく後逸していましたけど、しっかり止めないと、銀二がスライダーを投げられない。自分が止められないと、銀二の良さが出てこないと、おそらく古賀は感じていたのでしょう。自主練習をやっている姿をよく見かけました。

 銀二はすごくコントロールがいい投手だったので、古賀にとっては受けやすかったんじゃないかな。おもしろかったと思います。配球の楽しさも出てきたでしょう。

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著者プロフィール

朝日新聞東京本社スポーツ部記者。2005年に朝日新聞入社後は2年半の地方勤務を経て、08年からスポーツ部。以来、主にプロ野球、アマチュア野球を中心に取材をしている。現在は体操担当も兼務。1982年生まれ、富山県高岡市出身。自身も大学まで野球経験あり。ポジションは捕手。

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