「井戸を掘った6年間」から次のフェーズへ 立石敬之CEOが語るSTVVの現在地と未来

舩木渉

「育て損」になることだけは避けたい

パリ五輪代表の山本など日本人はもちろん、地元出身者や欧州各国の選手も代表に送り出していけば、自然とチーム力は上がる。問題は成長させた選手をどう売るかだ 【©️STVV】

──23-24シーズンは9位だったので、「G8」との差は確実に縮まっているように感じます。(リーグ優勝、およびCLとELの出場権を争う)プレーオフ1の常連になること、日本人選手のステップアップ、さらには地元出身選手の育成といった、それぞれの軸をどのように掛け合わせてクラブとして成長していこうと考えていますか?

 予算規模で言うと、アンデルレヒトやクラブ・ブルージュとは4倍から5倍の差があります。彼らのセカンドチームが私たちの年間予算と同じくらいの額を使っているほどです。STVVはレギュラークラスと同じ年俸の選手を同じポジションに3人も4人も揃えることはできないですし、年間予算が急に倍になることもないと思っていますので、選手を育成する力を伸ばしていくべきだと考えています。

 日本人選手だけではなく、地元出身や欧州諸国の選手も代表に送り出していく。それだけ質の高い選手が揃えば、当然チーム力も上がります。問題は成長させた選手をどうやって売っていくかです。やはり毎年のように主力選手が移籍してしまうと、一時的な収入はあるかもしれませんが、チーム力を維持することができなくなってしまいます。

 私たちが移籍金収入の割合を減らしたいと述べた背景には、売らなければならない状況を作らず、選手が入れ替わるサイクルを長くしたいという思いも込められています。グッと伸びてきた選手をもう1年キープして、次のシーズンに継続性を持たせながら、そこに補強をすることで勝負をかけていけるようになれば、もう少し上の順位を常に狙えるクラブになれると思います。

──選手を育成する力という視点では、期限付き移籍の活用も考えられます。より規模の大きなクラブから有望な選手を1シーズン借りてきて、試合に使いながら育てることで実績もできるのではないかと。例えばSTVVに期限付き移籍で通算1シーズン半在籍したロッコ・ライツは、所属元のボルシアMGに帰った昨シーズンに大ブレイクを果たしました。

 ロッコは非常に期待されていた選手ですが、コンディション管理が苦手で太りやすく、典型的な天才肌タイプでした。なので、STVVではドイツ人のベルント・ホラーバッハ監督が厳しめに鍛えました。すると1年目の21-22シーズン終盤に大活躍して、ボルシアMGへ帰っていったんです。ところが次のシーズンにまたつまずいて、冬に再びSTVVに期限付き移籍することになりました。そこでしっかりやれることを示したからこそ、ボルシアMGに復帰した昨シーズンの大ブレイクがあったわけです。

 ただ、ロッコもそうですが、期限付き移籍の場合は買い取りオプションが付いていないと私たちにとっては「育て損」になってしまう。ボルシアMGもSTVVの育成力を評価して、「また他の選手を任せたい」と言ってくれますし、他のクラブからもリクエストは届いていますが、買い取りオプションが付いていない場合はお断りするようになりました。

──期限付き移籍に対する考え方も、この6年間で変わった部分ですか?

 そうですね。かつては「1年間だけでも、若くて戦力になればいいかな」と思っていましたけど、実は1人の選手を育てるのはすごく大変で、不確実なうえに時間がかかります。そうなると短期的に結果や実績が欲しい監督は、借りてきた選手を大事にしなくなってしまうんですね。

 さらに買い取りオプションが付いていないと、せっかく労力をかけて育てても所属元へ帰ってしまうので、何も残らない。私たちのような「売る側」のクラブにとっては、11個しかないポジションを誰に与えて、投資した分をどうやってプラスに持っていくかが何よりも重要なわけで、「育て損」になることだけは避けなければならないと考えるに至りました。

──では、逆に経験豊富なベテランやビッグネームと言われるような選手の活用についてはどのような考えですか?  STVVでは若手にステップアップの場を与えると同時に、香川真司(C大阪)や岡崎慎司(昨季限りで引退)も獲得してきましたが、彼らは「売る」という点に関しては適した存在ではなかったと思います。

 2人のもたらした影響は大きかったですよ。特に彼らの経験を若手に伝えるという点で、果たしてくれた役割は非常に大きかったと思います。ただ、メリットもあればデメリットもあって、香川と岡崎の場合はフル稼働できるコンディションではなかった。悩みながらプレーしていた時期だからこそSTVVに来てくれたという側面もあるでしょうが、ビッグネームだとしても全盛期を過ぎていれば当然ベンチに座らなければならない状況も起こりうるので、お互いに求めているものを理解し合っていることは重要だと思います。

昨季までの延長線上に新しいチームを作る

24-25シーズンからSTVVの指揮を執るイタリア人のラタンツィオ監督。前任者のフィンクとサッカー観が近く、ポゼッションスタイルを継続できる点も選考理由だ 【©️STVV】

──フィンク監督がゲンクへ去り、新シーズンはクリスティアン・ラタンツィオ新監督とともにスタートすることとなりました。監督交代ではどんなポイントを重視しましたか?

 フィンクさんとの別れは苦渋の決断でしたが、大きなエネルギーにもなると思っています。サッカーはエモーショナルなスポーツですし、残された選手たち、スタッフ、ファン・サポーターが持つパワーやモチベーションは、対戦相手にとって脅威になる。フィンクさんやゲンクと対戦する今シーズンのリンブルフダービーはとても楽しみです。

 新監督を選ぶにあたって基準はいくつかありましたが、最終的には削ぎ落として3つに絞ったうえで、データを見ていきました。まずはこれまでの監督としての勝率や、1試合あたりの獲得勝ち点から判断して、「降格しない人」というのが重要でした。直近ではMLSのシャーロットFCを率いて、リーグ参入1年目ながらプレーオフ進出を果たしています。そして、ポゼッション率やアタッキングサードへの進出率、失点パターン、得点パターンなどを分析して、志向するサッカーのスタイルが前任のフィンクさんに似ていることも判断基準の1つでしたね。ファン・サポーターの皆さんは昨シーズンのサッカーを見て喜んでくれていたので、急激な変化を起こすのではなく、これまでの延長線上に新しいチームを作りたいと考えました。

 3つ目のポイントは、勇気があって、若手の起用に積極的かどうかです。育成年代の指導を経験していて、18歳から20歳までの選手たちがトップチームへと羽ばたいていく過程を数多く見てきた人を求めていました。その点において、ラタンツィオ監督は適任だなと。彼はマンチェスター・シティのアカデミーで指導経験があり、ペップ・グアルディオラ監督の影響を強く受けています。

 また、ファビオ・カペッロ監督のもとで、南アフリカ・ワールドカップに出場したイングランド代表のスタッフも務めていました。イタリア人ですが、長くイングランドで仕事をしていたこともあって、流暢な英語を操ることも招聘を決断したポイントの1つです。

──DMMグループがSTVVの経営を担うようになって7年目、そしてクラブ創設101年目のシーズンにはどんなことを期待していますか?

 今シーズンの大きな目標の1つは、私たちが経営権を取得する前から残っていた債務超過をなくすことです。財政面の下地が整えば、シーズン途中に選手を売らなくてもいいクラブになり、新しいトライができる。もし私たちが1年を通して同じメンバーで戦える経営体力をつけて、冬に補強もできる状態になったら、僅差で落としてきた勝ち点をいくつか拾って、もっと上の順位に行くことができると思っています。これまであと一歩のところで逃してきたプレーオフ1にも、一度進出できればクラブとして見える景色が違ってくるはずです。

 私たちが経営権を取得した1年目に冨安や遠藤が活躍して、大きな移籍金収入をクラブに残してくれました。ただ、コロナ禍が始まってからの2、3年は欧州全体で移籍が減って、選手が動けなくなり、我慢の時期を過ごしました。それでも昨シーズンはハスペンゴウ出身の選手たちが台頭して地元のファン・サポーターやステークホルダーが喜んでくれただけでなく、日本人選手でなくても「売れる」という確信を得られた。クラブにとって大きな転機となったシーズンになったと思います。

 きっかけはつかんだので、創設101年目の今シーズンはクラブ経営を軌道に乗せていくフェーズに入っていきます。成長速度を上げていくためには、まず債務超過を消したい。そうすれば必要に迫られて選手を売らなくてもよくなりますし、チームのサイクルを長くし、より長期的な視点で強化していける。そうやって次のステップに進むことができたら、本当の意味で私たちの取り組みが軌道に乗ったと言えるようになるのかもしれません。ビジネス面での新しいチャレンジも含めて、STVVのこれからにぜひ注目してください。

(企画・編集/YOJI-GEN)

立石敬之(たていし・たかゆき)

【YOJI-GEN】

1969年7月8日生まれ、福岡県北九州市出身。国見高時代には87年度の選手権を制覇。創価大卒業後にECノロエスチ(ブラジル)、ベルマーレ平塚、東京ガス、大分トリニータなどでプレーした。現役引退後はイタリアのエラス・ヴェローナや大分、FC東京でコーチ、強化部長などを歴任し、2015年からFC東京のGMとして手腕を振るった。18年1月からシント=トロイデンのCEOを務める。

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著者プロフィール

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

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