長谷部誠の“長寿”を支える知性とは? 永遠のサッカー小僧の根底にある「断捨離」の概念
今季22節のフライブルク戦で記録した「40歳31日」での出場は、ブンデスリーガ歴代9位の記録だ。長谷部が欧州の第一線で活躍し続けられる理由とは? 【Photo by Matthias Hangst/Getty Images】
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きっぱりとやめてしまった「サウナ生活」
それぞれの言葉の意味を捉えた時、長谷部誠の振る舞いに通じる部分があると感じた。18歳でプロサッカー選手になり、紆余曲折を経て、現在も40歳にしてドイツ・ブンデスリーガの舞台でプレーし続けている彼は、その通底する概念を常に貫いてきたと思うのだ。
2008年冬にJリーグの浦和レッズからブンデスリーガのヴォルフスブルクへ移籍してきた直後、長谷部はドイツ語を介せる日本人通訳を伴ってクラブハウスに赴いたが、その場で当時の指揮官だったフェリックス・マガト監督に叱責された。
「通訳者の出入りは許さない。チーム内ではミーティングを含めてすべてドイツ語、通訳なしでコミュニケーションを取る。それがルールだ」
驚いた長谷部だが、ここからの転換が早かった。どちらかというと出不精な彼が、街中に出て現地の人々と積極的にコミュニケーションを取るようになったのだ。
ヴォルフスブルク中心部のイタリアンレストランに入ると、女性店員が親しげに長谷部に話しかける。長谷部は電子手帳を片手にドイツ語で返答し、拙いながらも丁寧に会話を重ねていった。当時はまだスマートフォンがなく、携帯電話には辞書機能が搭載されていなかったから、かなり大きな電子辞書を抱えていた記憶がある。
「今の僕にとって、これ(電子辞書)が三種の神器」と言って笑う彼は、表面的には楽しそうに、自発的に言語習得に励んでいた。ただ、その陰では、彼なりに異国の地で生きていく覚悟を決めていたのだろう。
「こうやって、面と向かって日本語で会話を交わしたのは1カ月ぶりくらいかな? いや、やっぱり辛いですよ。ホームシックにもなったし。正直、すぐに日本に帰りたいとも思った。でも、ドイツで暮らすなら、日本語は必要ないでしょ」
長谷部は天才ではなく、秀才だと思う。努力や我慢することを受け入れ、継続できる人物で、それによって導き出される結果を予測できる。
長谷部は温泉が好きだとも公言している。日本でプレーしていた頃は埼玉の温浴施設に足繁く通い、サウナにも頻繁に入っていた。ドイツに渡った当初もクラブハウス内にあるサウナに入るのを日課にしていたが、ある時、サウナと冷水の交代浴をしていて風邪を引いてしまってからは、きっぱり「サウナ生活」をやめてしまった。サッカーに悪影響を及ぼすのであれば、どんなに好きなことでも躊躇なく断つ。彼の決断はいつでも迅速だ。
無用と有用を見極める「眼」の持ち主
伝説として語り継がれる浦和時代のゴール。若かりし日に磨いたドリブルは、リベロが主戦場となった今、相手プレスをかわすテクニックとして活用している 【(c)J.LEAGUE】
学生時代やプロになった直後はトップ下、日本代表のキャプテン時代はボランチ、そして三十路を過ぎて円熟の極みに達してからはリベロと移り変わったが、彼はその都度、当該ポジションにアジャストしたフィジカルとスキルを身に付け、積み上げてきた“武器”を効果的に駆使している。それは彼が自らを俯瞰して分析・検証し、シチュエーションに則して最適解を導き出せているからなのかもしれない。
例えば、トップ下でプレーしていた頃の最大の武器は、スキーのスラローマーのようなドリブルだった。今も伝説として語られる04年8月29日のJリーグ2ndステージ第3節、ジュビロ磐田戦で見せた独走ドリブルからの決勝ゴールは、本人が「生涯ベストゴール」と自賛するものだが、このドリブルは今、バックライン最後尾でのプレー時に相手プレスをかわすテクニックとして活用している。
また、ボランチ時代に身に付けた広角な視野は、年齢を重ねてさらに凄みを増していて、「中盤よりも周囲のプレッシャーから逃れられるリベロでは、より遠くの状況を見られる感覚がある」とも語っている。
20代の頃の長谷部はキックが上手い選手とは感じなかった。20メートル、30メートルと距離が延びるごとにその精度は下がり、ブンデスリーガでプレーし始めた2000年代後半~2010年代初頭は中・長距離のキックを蹴ることを躊躇(ちゅうちょ)している所作も見られた。
しかし、14年夏からアイントラハト・フランクフルトでプレーし、当時の指揮官だったニコ・コバチ監督(現ヴォルフスブルク監督)にバックラインの中核であるリベロを任されて以降の長谷部は、ロングレンジのキックを頻繁に繰り出すようになった。それも相手陣内の狭小なスペースにいる味方選手の足下に、ピタリと届けるような正確なフィードを、だ。
以前、冗談交じりにキック精度向上の理由について本人に尋ねたが、「必要に迫られたから(笑)」としか答えてくれなかった。その陰に不断の努力があることを包み隠す姿勢もまた、彼の得難い個性だ。そして何よりも長谷部は、「無用」と「有用」の棲み分けができている。そんな物事を見極める“眼”こそが、プロサッカー選手である彼の最大の武器だとも思うのだ。