フェンシング・見延和靖が歩み続ける「我が道」 37歳で迎えるパリ五輪で目指すものとは

田中夕子

「東京五輪のときよりも今のほうが強くなっている」と語る見延和靖 【スポーツナビ】

新たなスタイルでのチャレンジ

 歓喜の金メダルから、早いもので3年が経とうとしている。

 2021年7月、東京五輪で男子エペ日本代表は団体戦で日本のフェンシング界にとって初の金メダルを獲得した。「何度振り返っても最強チームだった」という当時を振り返りながら、自身3度目の五輪となるパリ五輪に向け、見延和靖は新たなスタイルを構築すべく、新たなチャレンジを続けていた。

「今年37歳。ケガをすると治りにくいですし、スピードも落ちてきた。フィジカルの面は東京(五輪)のときよりも落ちたかもしれないですけど、身体をいかにコントロールするかということやフェンシングに対する知識や理解は深まった。戦い方自体も、身体能力やスピードに頼るだけでなく、経験を活かして、駆け引きを増やしていろんな罠をしかけて最後は確実に仕掛けるスタイルにチャレンジしているんです。まだ完成はしていないですけど、東京(五輪)のときよりも今のほうが僕は強くなっていると思うので、楽しいですよ」

大きく変わったフェンシング界の環境

 高校からフェンシングを始めた見延が、日本代表に選出されたのは2008年。同年、北京五輪で太田雄貴氏が男子フルーレ個人戦で銀メダルを獲得した。日本フェンシング界にとって悲願だった五輪のメダル獲得に向け、最も可能性が高いと考えられた男子フルーレを重点的に強化する戦略が結実した最高の結果であり、その後、12年のロンドン五輪では男子フルーレ団体が銀メダルを獲得。東京五輪に向けさらなる強化体勢が組まれたことで、男子エペ団体の金メダル獲得という成果につながったのだが、代表入りした16年前を振り返れば、今とは比べられないような環境だった、と笑う。

「当時は海外遠征に行くのも選手だけ。僕が若い頃は(西田)祥吾先輩と坂本(圭右)さんと3人で現地へ行っていました。予算がないので基本、費用は自分持ちで、ホテルも大会側が用意してくれたところは高くて泊まれないので、安いところを探して、飛行機や移動手段も自分たちで探す。だからシャトルバスとか、オフィシャルの情報がなくて、会場までの交通手段も自分たちで見つけてたどりつかなければならない状況でした。その頃はそういうものだと思っていましたけど、でも今思えばそれでは勝てないですよね(笑)。今はコーチやトレーナーも一緒に遠征してくれる。若い選手たちには『あることが当たり前ではなく、ありがたいことなんだよ』という話をしています」

 男子フルーレがもたらした2つのメダル効果や、東京五輪に向けた強化体制が整ったことで、見延が言うように、日本フェンシング、男子エペを取り囲む環境も大きく変わった。加えて、環境だけでなく日本代表には見延を筆頭に、加納虹輝、山田優、宇山賢といった世界のトップランカーとして戦う選手たちが揃った。フェンシング3種目の中で唯一、身体のどの部位を突いても得点になり、同時に突けば両者にポイントが加算されるエペは、手足が長く身長も高い欧米や欧州の選手が有利とされ、日本人選手が勝てない、と言われてきた種目であったが、その下馬評を覆し、スピードやテクニック、持ち味を活かしたフェンシングで個人、団体戦ともに世界ランキングも上昇。見延自身に目を向けても、2018/19シーズンには日本人選手として初の年間王者となり、団体では19年3月のワールドカップアルゼンチン大会で日本エペ史上初の優勝を飾った。

 1年の延期を経て開催された21年の東京五輪も、メダル候補、優勝候補として臨み、初戦でアメリカに劇的な逆転勝ちを収めると、準々決勝では当時の世界ランク1位でそれまで3連覇を遂げてきた王者フランスを45対44と最後の一本勝負の末に1点差で破り、準決勝では韓国、決勝でROCに勝利し、悲願の金メダルを獲得した。

 常套句のように聞く言葉を、見延に投げかけた。金メダルを獲って、人生は変わりましたか?と。即座に、見延が言った。

「変わったと思います。これまで出会えなかった方々に出会って、茶道や陶芸の人間国宝の方々、スポーツとは違っても“極める”ことに置いて究極とも言うべき人たちの話を聞いて、新たな気づきを得たり、見えなかった景色が見える。それはオリンピックで金メダルというスポーツの世界での頂点に登り詰めたからこそ感じられる景色であるのは間違いないです」

 一方で、頂点に立ったからこそ直面する悩みもある。

「僕自身、日本人初というタイトルに常にこだわりを持ってやってきました。だから実際に(フェンシング選手で)日本人初のオリンピックでの金メダルという目標を成し遂げた。じゃあ次は何のためにやるんだろう、と思うと、なかなか次の一歩を踏み出すのが難しくもありました」

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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