長谷部誠の“長寿”を支える知性とは? 永遠のサッカー小僧の根底にある「断捨離」の概念
指導者ライセンス取得を目指す過程で
現役を続けながら、UEFA認定の指導者ライセンス取得を目指している長谷部。パチョ(右)のような若手にアドバイスを送る姿も、すでに様になっている 【写真は共同】
そのために、現役引退後もフランクフルトに関わるという条項が盛り込まれた契約を結んでいるし、現役である今もユースチームのトレーニングに参加するなどしてコーチングを学んでもいる。そうした経験を積むことで、長谷部は監督と選手の関係性、特に監督側の思考や思惑などを外殻的に捉えられるようになったという。
例えば、21-22シーズンから2年間フランクフルトの指揮を執ったオリバー・グラスナー監督(現クリスタル・パレス監督)が、長谷部を先発から外す理由を懇切丁寧に話してくれた際には、「そこまで気を遣わなくてもいいのに」と思った一方で、「監督の立場になれば、自分のような年長者の扱いには気を配らなければならないのだな」とも理解したという。監督と選手との関係性はときにセンシティブなものだが、長谷部は両極の立場を理解、把握した上で、自らの振る舞いを適時判断できている。
だからといって、彼が常に冷静沈着な人物というわけでもない。世間の風評や公の場での言動を見聞きしている方は意外に思われるかもしれないが、少なくともピッチ上の長谷部は激情型の人間である。
不惑の年齢に達した長谷部だが、今でも審判と激しく口論するし、仲間を叱責したり、対戦相手に食ってかかることもよくある。
本人は感情的になることに寛容だ。むしろエモーショナルな振る舞いこそがプレーの原動力になると考えていて、そのモチベーションが尽きた時にプロサッカー選手としての人生が終わるとも吐露している。感情の発露は無意識的だが、それによって生じるシナジーは自覚的という多重人格的な思考もまた、この選手の稀有な特徴なのだと思う。
どんな試合でもミックスゾーン対応を拒まない
3失点に絡んだ今季初先発のフライブルク戦(写真)の後も、ミックスゾーンで取材に応じた。鬱積した感情を解放できる点も、長谷部の長寿の秘訣なのだろう 【Photo by Matthias Hangst/Getty Images】
チームの1失点目は自身の足の間にシュートを通され、味方GKケビン・トラップが弾いたこぼれ球をフライブルクMF堂安律に決められたものだった。2失点目は自身が相手選手を倒して献上したPK。そして3失点目は、相手クロスの競り合いで自身の後頭部に当たったボールがゴールに吸い込まれるという、偶発性を帯びたものだった。
どんな試合内容でも、どんなプレーパフォーマンスであっても、近年の長谷部は試合後のミックスゾーン対応を拒まない。そして冷静に、俯瞰的に物事を捉えながら課題と反省の弁を述べ、ほとんど表情を崩さずにその場を後にする。
表面上は3失点に絡んだフライブルク戦後、「いったんロッカールームにチーム全員で引き上げなきゃいけない」と言った彼はその数分後、律儀にミックスゾーンに戻ってきて取材に応じた。しかし、長年彼を取材してきた者ならば分かる。その話が長ければ長いほど、試合内容や自身のプレーパフォーマンスに承服しかねていることを。一方で彼は、その鬱積した感情を内包させたままの無意味さも理解している。「断行」「捨行」「離行」の概念はここに通底していて、そうしたスタンスを貫くことが、最前線の舞台に立ち続けられる秘訣であることを理解している。
選手側から物事を見定めてきた彼が思い描く未来は、指導者として生きる道。本人はこう言う。
「皆が思っている以上に、僕はただの“サッカー小僧”ですよ」
「サッカー」を人生の主軸に据える長谷部誠の人生は、いたってシンプルで、聡(さと)いものだと思う。
(企画・編集/YOJI-GEN)