【月1連載】久保建英とラ・レアルの冒険(毎月第1木曜日更新)

ソシエダを苦しめる過密日程と選手層の薄さ 昨季の再現に必要な久保建英の“もうひと踏ん張り”

高橋智行

スペイン国王杯で準決勝敗退が決まってから1週間後、パリSGとのCLラウンド16第2レグにも敗れ、欧州戦線からも撤退。久保とソシエダの試練は続く 【Photo by David S. Bustamante/Soccrates/Getty Images】

 昨夏のレアル・ソシエダ加入をきっかけに、ワールドクラスへの階段を上り始めた22歳の若武者を、現地在住の日本人ライターが密着レポートする月1回の新連載コラム、『久保建英とラ・レアルの冒険』。第6回目は、PK戦の末に敗れたマジョルカとのスペイン国王杯準決勝第2レグを振り返るとともに、昨年末から続くスランプからソシエダが抜け出すための道を探っていく。シーズンも残り3カ月を切ったが、巻き返しに必要なのは、やはり久保を筆頭とする攻撃陣の“もうひと踏ん張り”だ。

2つの大きなご褒美を目の前にして

「今日はお祭りよ!」

 いつも記者証を渡してくれるレアル・ソシエダの顔なじみの女性スタッフは、これから始まる大一番に心躍らせ、開口一番に笑顔でこう話しかけてきた。

 2月27日(現地時間、以下同)、マジョルカとのスペイン国王杯準決勝第2レグ。2月6日にアウェイで行われた第1レグはスコアレスドローに終わり、ソシエダがファイナルに進出できるか否かは、まさしくこの一戦に懸かっていた。

 2019-20シーズンにもチャンピオンに輝いている(コロナ禍で決勝は21年4月に開催)ように、ソシエダにとって国王杯は、近年最も狙いやすいタイトルと言っていい。なにしろラ・リーガの覇権は03-04シーズンのバレンシアを最後に、レアル・マドリー、バルセロナ、アトレティコ・マドリーの3強による独占状態で、欧州カップ戦のタイトルも、予算やクラブ規模を考えれば現実的とは言いがたいからだ。

 この第2レグ開始前の時点でリーグ戦は7位に甘んじ、来季のチャンピオンズリーグ(CL)はもちろん、5位チームに与えられるヨーロッパリーグ(EL)の出場権獲得も怪しくなっている中、国王杯で4シーズンぶり4回目の優勝を果たすことは、大きな意味を持っていた。優勝すればEL出場権が自動的に転がり込み、さらにファイナルに進出すればそれだけで、来季のスペイン・スーペルコパの出場権(国王杯の優勝、準優勝チームとその2チームを除くラ・リーガの上位2チームが参加)も手に入るのだ。

 2つの大きなご褒美を目の前にして、当然ながらソシエダのモチベーションは高かった。アジアカップから復帰以来、5戦連続でフル出場中の久保建英にとっても、プロキャリア初のタイトルを手にする絶好の機会だった。

 試合開始の数時間前から、本拠地レアレ・アレーナ周辺は多くのサポーターでごった返していた。近所のバルは例外なく青と白のユニホーム姿の人たちで溢れ、それぞれの店からチャントの大合唱が響き渡ってくる。誰もがこのお祭りを心から楽しみ、今や遅しとキックオフの時を待ち侘びていた。

 スタジアム入りするチームバスを、発煙筒を片手に出迎えるサポーターたち。口々にチーム名を叫びながら、感情を爆発させる。試合開始まであと1時間半。すでに戦いは始まっていた。

時間が止まったかのように感じる瞬間

国王杯準決勝第2レグで、マジョルカDFのコペテ(左)に激しくマークされた久保だが、ボールを持てば「何かやってくれそうな雰囲気」を濃厚に漂わせていた 【Photo by Juan Manuel Serrano Arce/Getty Images】

 一方、21年ぶり2回目の優勝を目指すマジョルカのサポーターは、400人ほどがサン・セバスティアンに駆けつけていた。試合前、その中の1人に話を聞くと、彼はソシエダの要注意人物として、迷わずかつてのアイドルである久保の名前を挙げた。

「お気に入りの選手だったから、マジョルカを退団した時は残念だったよ。彼のプレーを見るのが本当に楽しみだったんだ。いろいろな形でドリブルを仕掛けてくるから、敵になるととても怖い。ラ・レアルで一番厄介な存在だよ」

 オーバーワークにより、フィジカルコンディションの低下が懸念された久保だが、怪我人が相次いでいる台所事情もあって、イマノル・アルグアシル監督にこのエースを休ませるような余裕はない。絶対に勝たなければいけない一戦で、久保はいつも通り4−3−3の右ウイングとしてスタメンに名を連ねた。

 久保にとって古巣マジョルカとの対戦は今季4度目。過去3度の対戦成績は2勝1分け、うち2試合でゴールに絡んでおり、非常に相性の良い相手と言えた。

 降りしきる雨に濡れたスタンドが青と白に染まり、バスク語で“コミットメントが熱意を高める”と書かれた横断幕が掲げられる。3万5000人を超える観衆をのみ込んだスタジアムのボルテージが最高潮に達する中で、キックオフの笛が吹かれた。

 いつも通りの守備的な5バックで臨んだマジョルカは、ホセ・マヌエル・コペテをメインの監視役に、さらにジャウメ・コスタも補佐役として、徹底的に久保をマークした。

 21分、そのコペテが味方のゴールから30メートル以上も離れた位置にもかかわらず、ドリブルを仕掛けた久保を後ろから荒々しく引っ張って止め、イエローカードを提示される。昨年末のカディス戦でルベン・アルカラスにぶん投げられたシーンを思い出させるような悪質なファウルに、久保は怒りを露わにした。

 ゴール前を固めたマジョルカの牙城を、いかにして崩すか。その突破口を切り開いたのはやはり、相手のラフプレーにも怯むことがなかった久保だった。前日会見でマジョルカのハビエル・アギーレ監督も、「タケはスペインに来てから今が一番いい状態だと思う」とかつての教え子の印象を述べていたが、その言葉通りのパフォーマンスを序盤から披露する。

 足に吸いつくようなドリブルでボールを運び、相手を引きつけたうえでストップ&リリース。久保がボールを受けるたびに、「タケなら何かやってくれそうだ」と、レアレ・アレーナを埋めたソシエダ・サポーターからざわめきが起こった。

 すると44分、この日最大の見せ場が訪れる。久保がボールを足元に収めた時、警戒心のあまり相手が足を出せず、まるで時間が止まったかのように感じる瞬間があるが、この場面がまさにそうだった。

 右サイドでパスを受けた久保が、一呼吸の溜めを作ってから、左足で前線にスルーパスを送る。相手DF2人の間を綺麗に抜けたボールを、マルティン・スビメンディがダイレクトで折り返すと、これがエリア内にいたマジョルカのDFアントニオ・ライージョの手に当たりPKの笛。千載一遇の先制のチャンス到来に、スタンドは歓喜に揺れた。

 しかし、キッカーのブライス・メンデスがまさかのPK失敗──。ソシエダは落胆のため息とともにハーフタイムを迎えた。

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著者プロフィール

茨城県出身。大学卒業後、映像関連の仕事を経て2006年に渡西。サッカー関連の記事執筆や翻訳、スポーツ紙通信員など、ラ・リーガを中心としたメディアの仕事に携わっている。

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