ソシエダを苦しめる過密日程と選手層の薄さ 昨季の再現に必要な久保建英の“もうひと踏ん張り”
スペイン国王杯で準決勝敗退が決まってから1週間後、パリSGとのCLラウンド16第2レグにも敗れ、欧州戦線からも撤退。久保とソシエダの試練は続く 【Photo by David S. Bustamante/Soccrates/Getty Images】
2つの大きなご褒美を目の前にして
いつも記者証を渡してくれるレアル・ソシエダの顔なじみの女性スタッフは、これから始まる大一番に心躍らせ、開口一番に笑顔でこう話しかけてきた。
2月27日(現地時間、以下同)、マジョルカとのスペイン国王杯準決勝第2レグ。2月6日にアウェイで行われた第1レグはスコアレスドローに終わり、ソシエダがファイナルに進出できるか否かは、まさしくこの一戦に懸かっていた。
2019-20シーズンにもチャンピオンに輝いている(コロナ禍で決勝は21年4月に開催)ように、ソシエダにとって国王杯は、近年最も狙いやすいタイトルと言っていい。なにしろラ・リーガの覇権は03-04シーズンのバレンシアを最後に、レアル・マドリー、バルセロナ、アトレティコ・マドリーの3強による独占状態で、欧州カップ戦のタイトルも、予算やクラブ規模を考えれば現実的とは言いがたいからだ。
この第2レグ開始前の時点でリーグ戦は7位に甘んじ、来季のチャンピオンズリーグ(CL)はもちろん、5位チームに与えられるヨーロッパリーグ(EL)の出場権獲得も怪しくなっている中、国王杯で4シーズンぶり4回目の優勝を果たすことは、大きな意味を持っていた。優勝すればEL出場権が自動的に転がり込み、さらにファイナルに進出すればそれだけで、来季のスペイン・スーペルコパの出場権(国王杯の優勝、準優勝チームとその2チームを除くラ・リーガの上位2チームが参加)も手に入るのだ。
2つの大きなご褒美を目の前にして、当然ながらソシエダのモチベーションは高かった。アジアカップから復帰以来、5戦連続でフル出場中の久保建英にとっても、プロキャリア初のタイトルを手にする絶好の機会だった。
試合開始の数時間前から、本拠地レアレ・アレーナ周辺は多くのサポーターでごった返していた。近所のバルは例外なく青と白のユニホーム姿の人たちで溢れ、それぞれの店からチャントの大合唱が響き渡ってくる。誰もがこのお祭りを心から楽しみ、今や遅しとキックオフの時を待ち侘びていた。
スタジアム入りするチームバスを、発煙筒を片手に出迎えるサポーターたち。口々にチーム名を叫びながら、感情を爆発させる。試合開始まであと1時間半。すでに戦いは始まっていた。
時間が止まったかのように感じる瞬間
国王杯準決勝第2レグで、マジョルカDFのコペテ(左)に激しくマークされた久保だが、ボールを持てば「何かやってくれそうな雰囲気」を濃厚に漂わせていた 【Photo by Juan Manuel Serrano Arce/Getty Images】
「お気に入りの選手だったから、マジョルカを退団した時は残念だったよ。彼のプレーを見るのが本当に楽しみだったんだ。いろいろな形でドリブルを仕掛けてくるから、敵になるととても怖い。ラ・レアルで一番厄介な存在だよ」
オーバーワークにより、フィジカルコンディションの低下が懸念された久保だが、怪我人が相次いでいる台所事情もあって、イマノル・アルグアシル監督にこのエースを休ませるような余裕はない。絶対に勝たなければいけない一戦で、久保はいつも通り4−3−3の右ウイングとしてスタメンに名を連ねた。
久保にとって古巣マジョルカとの対戦は今季4度目。過去3度の対戦成績は2勝1分け、うち2試合でゴールに絡んでおり、非常に相性の良い相手と言えた。
降りしきる雨に濡れたスタンドが青と白に染まり、バスク語で“コミットメントが熱意を高める”と書かれた横断幕が掲げられる。3万5000人を超える観衆をのみ込んだスタジアムのボルテージが最高潮に達する中で、キックオフの笛が吹かれた。
いつも通りの守備的な5バックで臨んだマジョルカは、ホセ・マヌエル・コペテをメインの監視役に、さらにジャウメ・コスタも補佐役として、徹底的に久保をマークした。
21分、そのコペテが味方のゴールから30メートル以上も離れた位置にもかかわらず、ドリブルを仕掛けた久保を後ろから荒々しく引っ張って止め、イエローカードを提示される。昨年末のカディス戦でルベン・アルカラスにぶん投げられたシーンを思い出させるような悪質なファウルに、久保は怒りを露わにした。
ゴール前を固めたマジョルカの牙城を、いかにして崩すか。その突破口を切り開いたのはやはり、相手のラフプレーにも怯むことがなかった久保だった。前日会見でマジョルカのハビエル・アギーレ監督も、「タケはスペインに来てから今が一番いい状態だと思う」とかつての教え子の印象を述べていたが、その言葉通りのパフォーマンスを序盤から披露する。
足に吸いつくようなドリブルでボールを運び、相手を引きつけたうえでストップ&リリース。久保がボールを受けるたびに、「タケなら何かやってくれそうだ」と、レアレ・アレーナを埋めたソシエダ・サポーターからざわめきが起こった。
すると44分、この日最大の見せ場が訪れる。久保がボールを足元に収めた時、警戒心のあまり相手が足を出せず、まるで時間が止まったかのように感じる瞬間があるが、この場面がまさにそうだった。
右サイドでパスを受けた久保が、一呼吸の溜めを作ってから、左足で前線にスルーパスを送る。相手DF2人の間を綺麗に抜けたボールを、マルティン・スビメンディがダイレクトで折り返すと、これがエリア内にいたマジョルカのDFアントニオ・ライージョの手に当たりPKの笛。千載一遇の先制のチャンス到来に、スタンドは歓喜に揺れた。
しかし、キッカーのブライス・メンデスがまさかのPK失敗──。ソシエダは落胆のため息とともにハーフタイムを迎えた。