珠玉の演技が続いたフィギュア全日本 “神試合”を作り上げた日本男子の切磋琢磨

沢田聡子

「この試合を最高のものにする」王者・宇野の決意

状態が良くない中、耐えて優勝した宇野 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 鍵山の演技の余韻が漂うリンクに、ショート2位の山本草太が入った。

「6分間練習が終わってから、演技はあまり気にせず、自分に集中しようと思っていたんですけど…ゆまち(鍵山)が終わってから、電光掲示板にみんなの点数が出ていたのを見て、結構みんな高得点で、『すご!』って」

 しかし、山本は「自分が練習してきたことをやろう」と気持ちを切り替えた。「前半が鍵になるな」と思っていた山本は、不安要素だった最初の4回転サルコウを決めると気持ちに余裕が生まれたという。

「4つ目のジャンプが終わってから、嬉しい気持ちと自分を鼓舞するためにも、前半なのにガッツポーズをやってしまって。『もうこの後、ミスれないぞ』って言い聞かせて、後半を滑っていました」

 前半で繰り出したガッツポーズに込めた気合が功を奏したのか、後半もミスなく滑り切った山本は涙を流した。

「目がショボショボしたのか、本当に感動して出たのかちょっと自分でも分からなかったんですけど、確かに涙は出ていました」

 今季前半、山本は苦しい日々を過ごしてきた。スケートカナダ(10月)では優勝したものの、中国杯(11月)では6位に終わり、昨季銀メダルを獲得したファイナルには進めなかった。

「ここまで頑張ってきて良かったなと思います。調子を右肩上がりで上げてきたわけではなく、本当に山あり谷あり、苦しい日々の方が多かったのですが、全日本まで頑張ってきて良かったな、報われたなって」

 山本のフリーは192.42、合計点は287.00。鍵山には及ばなかったものの暫定順位は2位となり、メダル獲得は確実となった。

 好演技が続く最終グループの最終滑走は、ショート首位のディフェンディングチャンピオン・宇野昌磨だった。宇野は「多分、僕じゃなかったら相当緊張していたと思います」と振り返る。

「草太くんは、本当に素晴らしい演技でした。皆さん、その前の選手たちも、本当に素晴らしい演技が多くて。でもやっぱり草太くんの演技は、NHK杯、中国杯前はずっと共に練習していたので、感情が余計に入るというか」

 喝采に応える山本を見ながらリンクサイドで待つ宇野の胸中に、懸念がよぎった。

「その次に滑る僕、大丈夫か?」

 ショートでは2位に10点以上の差をつけて首位に立った宇野だが、ジャンプの調子が良かったわけではない。使い始めて3年になる靴は「使いすぎてしまって、毎日違う感覚」だったと吐露している。しかし、宇野には「ここでふがいない演技してしまうと良くないな」という思いがあった。

「もちろん自分が勝つことも大切でしたけれども、ここまで本当に最高の演技で、最高の試合で。ここで僕が大コケして優勝逃すことも試合の一つかもしれませんが、やっぱり僕もいい演技をすることがこの試合を最高のものにする、という思いはあったので。そこに焦点を当ててジャンプを跳んでいました」

 演技を開始した宇野は4回転ループに挑んだが、着氷でステップアウトする。しかし、宇野自身が「でも、そこからはよく耐えたなとは思います」と振り返っているように、それ以外は底力をみせる演技となった。続く4回転フリップは2.51の加点がつく出来栄えで決め、後半でも2本の4回転トウループを着氷させる。

 演技を終えた宇野は、“セーフ”という仕草を繰り返していた。

「全部のジャンプが、もう一回やったら失敗してもおかしくない(出来だった)。(4回転)ループはもっといいのができますけど、フリップもトウループもあまり感触が良くなかったので、良く合わせたなと思います」

「僕は最高の演技とはいきませんでしたけれども、『本当にベテランなんだな』と。こういう(最高の演技が続く)中でも、そして自分の状態が別に良くなくても、ちゃんとやらなきゃいけないことを的確に見極めて、やることができたなと思っています」

 最終滑走者として“神試合”を完結させること、自身の連覇。二つの責務を果たした宇野の演技は、まさに王者の滑りだった。

 4位の三浦は「すごくレベルの高い試合だった」と振り返っている。

「この大会に出られて、こういった争いができて、すごく幸せ」

 3位の山本は「みなさんいい演技で、本当に高得点が続く中で、緊張感高まる順番ではあった」と胸中を明かした。

「吹っ切れて、本当に『自分がやるべきことをやろう』って。順位を気にせず、この試合に臨むことができたので、それがかえって良かったかなと思います」

 2位の鍵山は「僕が予想していたよりも、ハイレベルですごい試合になった」と感嘆した。

「今日に限っては、『絶対にパーフェクトな演技をしなければならない』という思いだったので。やっぱりみんながパーフェクトな演技をしている中で、僕もそういう思いがすごく強かった」

 優勝した宇野は「素晴らしい大会になったと思います」と総括する。

「本当に皆さん素晴らしい演技の中で、自分もこの大会に出させてもらえたことを嬉しく思います」

 それぞれが持てる力を出し尽くした日本男子と見守る観客が、ビッグハットを特別な空間にした。2023年全日本選手権・男子フリーは、名勝負として記憶されるだろう。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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