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モダンな攻撃的SBに変貌する冨安健洋 アーセナルの攻撃性に自然体で染まって進化

森昌利

3試合連続スタメンでボーンマス戦に臨んだ冨安。左サイドバックとしてフル出場し、攻守にわたって輝いた 【写真:REX/アフロ】

 20年ぶりのプレミア制覇へ、マンチェスター・シティと熾烈な優勝争いを繰り広げるアーセナルは5月4日(現地時間、以下同)にホームのエミレーツでボーンマスと対戦。左サイドバックでスタメン出場した冨安健洋は、とりわけ攻撃面で目覚ましい活躍を見せた。自身がこだわるゴール、アシストという目に見える結果は残せなかったものの、フィニッシュシーンに何度も絡み、よりモダンなSB(サイドバック)へと進化していることを強く印象づけた。

開始からの24分間で決定機に絡むこと4回

「点取りたいっすよね」

これが冨安健洋の第一声だった。

 3-0で勝利したボーンマスとのホーム戦。確かに3点を奪って相手をクリーンシートに抑えた結果だけを見れば“完勝”と呼べるだろう。しかし――。

 奇しくも前週の定例会見でリバプールのユルゲン・クロップ監督が「犯罪的」と語って話題になったが、調整が難しいとされる昼の12時30分のアーリーキックオフの試合は常にトリッキーだ。選手の動きが鈍く、点が入らないしょぼい試合も少なからずある。それに優勝するためにどうしても勝ち点3が欲しい状況では、前半に奪った1点を“守り切りたい”という意識も生まれ、後半のアーセナルは前に人数をかけることができず、相手に押し込まれる時間帯もあった。

 そんな3-0という数字には表れない苦しさもあった試合。冨安は優勝争いをするチームの先発選手に相応しいパフォーマンスを攻守にわたって見せた。そしてその試合直後、「自分のプレーの感想は?」と聞かれた25歳日本代表DFの最初の一言が冒頭のものだった。

 今季36試合目のリーグ戦となったこのボーンマス戦。絶対に勝たなくてはならないというプレッシャーのなかで、キックオフ直後から冨安が見せたのは“点を取るんだ”という意識が明確に表れたプレーだった。

 最初の見せ場は前半14分。味方がボールを持って中盤左サイドの位置に押し上げたところから、冨安が右足で最前線へ絶妙な縦パスを送った。このボールに飛びついたのがドイツ代表FWカイ・ハフェルツ。左後方からの少し厳しい角度ではあったが、左足を回し蹴りのように振って浮き球にボレーで合わせ、強烈なシュートを放った。しかしこのフィニッシュはボーンマスGKのマーク・トラヴァースの正面に飛び、ブロックされた。言うまでもなく、決まれば冨安にアシストがついた場面だった。

 続いて前半16分には、チーム全体が前に出るフォワード・プレーの流れに乗って左サイドを駆け上がった冨安に、このところ傑出した決定力を見せつけ、ブラジル代表FWガブリエウ・マルティネッリから3トップ左サイドのレギュラーを奪い取ったベルギー代表FWレアンドロ・トロサールからスルーパスが出た。それをスピードに乗って足元に収めた日本代表DFは、そのままドリブルで前へ運び、ペナルティエリアに進入するところで折り返しのボールを送った。まさにウインガーのプレーだった。

 そして4分後の前半20分には、右コーナーキックにファーサイドの至近距離で頭を合わせてヘディングシュートを放つ。アーセナル・サポーターの誰もが「先制だ!」と思った瞬間、ボールは無情にもわずかに枠を外れた。

 さらには前半24分、ゴール正面やや左寄りの位置から主将マーティン・ウーデゴールが放ったFKに、冨安がペナルティエリア内右サイドでダイビングヘッド。このボールが絶好な折り返しのパスになってMFトーマス・パルティの足元へ。完全な決定機。エミレーツを埋めた観客が今度こそ先制ゴールだと息を飲んだが、ゴール前やや右寄り10メートルの位置でパルティが右足を合わせたシュートは大きくバーを越え、その瞬間、場内が大きなため息に包まれた。

 しかし開始からの24分間で、冨安が躍動してゴールに結びつきそうになったシーンが4つもあったことは事実である。全部決まっていれば1ゴール・3アシスト。なかでもコーナーキックに合わせたヘディング、そしてパルティにダイビングヘッドで折り返した場面は限りなく得点に近づいた絶好機だった。

冨安が世界最高峰のDFであることの証明

試合序盤から積極的に攻撃に絡み、立て続けに見せ場を作った冨安。前半20分にはコーナーキックに合わせてヘディングシュートを見舞い、あわやゴールというシーンも 【Photo by Marc Atkins/Getty Images】

 攻撃面でこんなに見せ場を作れば、チェルシー戦(4月23日)の後に「ゴール、アシストといった数字が欲しい」と話していた冨安が開口一番「点取りたいっすよね」とつぶやいたのも分かる。

 さらには「今日も自分でもなんで外したのか分からないくらいの距離から外している」と語って、前半45分にブカヨ・サカがPKを決めるまで待たなければならなかったアーセナルの先制点を自らのヘディングシュートで奪えなかったことに悔しさをにじませた。

 だから「攻撃的なプレーを意識しているのか?」という質問が出たのは当然だった。

「いや、特に意識はしていないですけど。うーん、まあ別に、そこの得点、アシストのところは意識はしているんで。まあ、このチームでやっていたら、自然とそういうチャンスが来るので、そこでいかに数字が残せるかというところだと思います」

 なるほど。冨安が自ら意識しなくとも、今のアーセナルにいたら自然とゴールに絡む機会が増えるということなのか。

 無論、今のアーセナル――現在世界で最もハイレベルな優勝争いが繰り広げられ、最も見応えがあると評価されるプレミアリーグで、間違いなく現代世界最強チームであるマンチェスター・シティと互角の覇権争いを展開するチームでレギュラーになること自体、偉業である。

 冨安は「このチームでやっていたら、自然とそういうチャンスが来るので」と言って、謙虚に優秀な選手が揃っているからこそと強調するが、そのすごい同僚たちと同じレベルに達していなければ先発イレブンに選ばれることはない。事実、冨安が左SBのファーストチョイスとなったことで、攻撃センス抜群の華麗なレフトバックであるウクライナ代表主将のオレクサンドル・ジンチェンコがベンチを温めているのだ。

 アーセナルのレギュラーとなっていることは、現在の冨安が世界最高峰のDFだという証明だ。

 優勝するためにゴールを奪って勝ち点3を奪い続けなければならないトップレベルのチームにいることで、DFでありながら意識せずとも攻撃的プレーのクオリティがものすごい勢いで向上しているのだろう。

 目に見えて攻撃的になっている冨安に、さらに「監督の指示もあるのではないか?」と突っ込んだ。

 すると日本代表DFは「攻撃的に振る舞っているように見えますかね? 僕のなかではそんなに変わっていないというか。個人的に指示を受けているというか、普通に11人のペースのなかで、そのポジションごとの役割がある。まあ、それをできる限りピッチで表現しているという感じです」と話して、攻守一体になっている今季のアーセナルの強さの秘訣が垣間見える発言をした。

 要は、今のアーセナルというチームには、20世紀の昔ならブラジル代表くらいにしか見られなかった全員参加の攻撃性が普通に備わっているということだろう。トータルフットボールは21世紀になって、すさまじい勢いで進化した。冨安のポジショニングを見ても、左SBとはいえ、味方がボールを持てばボランチの位置まで押し上げ、そこから左サイドを縦横無尽に動いてFWのプレーエリアにも度々顔を出し、まさに自由自在である。

 それは裏を返せば、現在のトップクラスのチームでプレーしたければ、まず不死身のようなフィットネスで絶えず動いて広範囲をカバーし、守備、攻撃を問わずあらゆる局面、あらゆるエリアで結果を出すフットボールセンスと技術、そしてIQを兼ね備えていなければならないということだ。

 しかも、これは前週のチェルシー戦の後にも同様のことを言っていたが、冨安はボーンマス戦終了後、「(今季は)いい意味でそんなにいろんなことを考えてやっているわけではない。去年は逆にいろんなことを考えすぎて過剰に自分にプレッシャーをかけている部分があった。そういう経験も含めて、今年はやることをやるだけかなという感じでやっています」と、昨季に優勝争いをした経験が自身を精神面でも大きく成長させたことを明かした。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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