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クロップ監督の「ヘビーメタル」に呼応する鬼っ子の激情 アンフィールドが世界一の連帯と喧騒を生み出す理由

森昌利

クロップ監督は在任9年目。このドイツ人闘将が率いるチームのアグレッシブな「ヘビーメタル・フットボール」に、リバプール・サポーターは熱狂する 【Photo by John Powell/Liverpool FC via Getty Images】

 今季、遠藤航が加入し、2021-22シーズンまで南野拓実が所属したリバプールは、かつてドルトムントで香川真司が師事したユルゲン・クロップが監督を務めていることもあって、日本で最も有名な欧州のクラブの一つだろう。このクラブのサポーターは熱狂的なイングランドのファンの中でも特に「熱い」ことで知られ、ホームスタジアムのアンフィールドは異様な空気に包まれる。今回は英国在住28年のライターが、イングランド内でも他と一線を画すリバプール人の気質に迫る。

リバプールはイングランドじゃない

「お前がビートルズを好きなのは、日本人だからさ。俺? ふざけちゃいけないよ! どうして俺があんなスカウス野郎たちを好きにならなきゃならないんだ!?」

 これは1996年、ロンドンの英系出版社に勤めていた当時の筆者が、印刷部門の営業マンだったジェイソンに言われたセリフだ。たわいもない会話だった。「お前はどんな音楽が好きなんだ?」と聞かれたから、13歳になる2か月前から今にかけて、生涯大好きでいるバンドの名前を言っただけだ。そうしたら、その時はまだ30代半ばだったというのに、ビールの飲み過ぎとパイの食べ過ぎででっぷりと太ったコックニー(東ロンドンの下町っ子)のジェイソンが語気を荒げてそう言った。

 それから10年後、鶴のように痩身でリバプール大学の名物教授だったローガン・テイラー氏にインタビューすると、彼はひっきりなしにタバコを吸いながら「リバプールはイングランドじゃない。我々はイングランドの鬼っ子なんだ」と言った。

 そして本年2023年の8月27日、ニューカッスル行きの電車の中で知り合ったリバプール・サポーターの“モノ”ことスティーブン・モナハン氏は、「俺たちはイングランドが大嫌いだ」と言った。

 ニューカッスルに行ったのは、この前週にリバプールに移籍した日本代表主将・遠藤航を取材するためだった。

 リバプールと言えば、一昨季まで南野拓実が所属し、ドルトムントで香川真司の恩師となったドイツ人闘将ユルゲン・クロップが率いていることで、日本でも知名度の高いプレミアリーグの名門クラブ。ホームのアンフィールドを熱狂的なサポーターが埋め尽くすことでも有名だ。

 人類史上最も成功したロックバンドと言って過言ではない「ザ・ビートルズ」を生み出した街としても知られるが、案外その住民の素顔は日本人に知られていないと思う。そこで今回は、遠藤が移住したイングランド北西部の港湾都市に住む特異な人々のキャラクターを紐解いてみたい。

何でもかんでもごちゃ混ぜにした方が面白い

今季から遠藤がプレーするリバプールのサポーターは、「超」がつくほど熱狂的なことで知られる。その気質はイングランドの他の地域住民とは明らかに違う 【Photo by John Powell/Liverpool FC via Getty Images】

 冒頭の会話で太っちょのジェイソンがリバプール出身のビートルズの4人組を「あんなスカウス野郎たち」と言ったが、まずは「スカウス」とはなんなのか、その話から始めよう。

 リバプールはロンドンから北西に340キロ離れた港湾都市。ここは17世紀に始まったアフリカ大陸とアメリカ大陸を結ぶ三角貿易で栄えた港で、アメリカから砂糖やタバコを運び込み、アフリカには繊維製品や武器を送り、当然のことながら奴隷貿易からも利益を得た。

 それ以降、世界各地から船が来航して様々なもの、人、文化が交錯した。そのなかの一つにスカンジナビアの船乗りが持ち込んだとされるシチューがある。このシチューの名称がスカウスなのだ。

 これはジャガイモ、にんじん、玉ねぎと上等ではない牛肉、といった、どこの家庭にもあるありきたりの材料で作るビーフシチューなのだが、肉がなければ魚でもよし。要は物資が不足がちな船内で作るごった煮のようなシチューである。

 このシチューがいつの間にかリバプールの名物料理となり、リバプーリアン(リバプール人)のあだ名にもなった。

 この「スカウス」というあだ名をリバプールの外の、特にロンドン周辺の南部のイングリッシュが使うと、“ごった煮のように騒々しくて品のない連中”というニュアンスが含まれる。ジェイソンもその1人だというわけだ。ところが港街らしい気の荒さもあるが、情けも深い当のスカウスたちにとっては“何でもかんでもごちゃ混ぜにした方が面白い”という、楽天的な気分を象徴する言葉となる。

 こうした港湾都市の自由闊達な気風に加え、これはスカウスを“鬼っ子”と呼んだテイラー教授の受け売りであるが、地理的にリバプールがアイルランド人、スコットランド人、そしてウェールズ人といったブリテン島の先住民とされるケルト人が交錯し、移住する場所になっていることで、ケルト文化の影響が強い土地になっている。

 筆者の今は亡き義理の母は、エバートンでデビューしたてのウェイン・ルーニーを「あのアイリッシュの男の子」と呼んでいた。それはルーニーという苗字が典型的なアイルランド系だからだ。

 そんなケルトの街だから、4~6世紀あたりに現在のドイツあたりから大量に移動してきたゲルマン人が建国し、その後11世紀にノルマン人(フランス人)が征服して、以降も様々な移民を受け入れたことで政治感覚が発達したイングリッシュとは、一線を画す独特の気質が醸成された。

 欧州大陸の2大民族を基盤に様々な人と文化が入り混じって“政治感覚が発達した”といえば聞こえは良いが、情勢を見て妥協(時には裏切りそのものの妥協もあるだろう)し、時には個人の感情やモラルよりも利益を優先するイングリッシュに対し、ケルト系は良くも悪くも頑固一徹だ。信じたら命懸け、なによりも率直であることが尊い。思ったことを真っ直ぐに言うこと、そして二心がないことがなによりも大切だ。だからイングリッシュ、特に本音と建前を使い分けるロンドンの紳士的かつ優雅な富裕層を“二枚舌”と揶揄(やゆ)する。

 ロンドン郊外出身のローリング・ストーンズが「たかがロックンロール、でも大好きさ」と嘯(うそぶ)いたことに対し、ビートルズが「愛こそ全て」と歌ったことでもそれは明らか――ではないかもしれないが、こんなところにも多少なりとも英国首都ロンドンと北西部港湾都市リバプールの気質の違いが表れていると思う。

 しかし断っておくが、これはあくまで違いであり、どちらが上か下か、正か邪かという問題ではない。筆者はローリング・ストーンズも非常に好んでいる。

 けれどもこうした違いが、スカウスをイングランドから孤立させる原因にはなっているのだ。

 例えば、愛国心が強いイングリッシュの中で、国歌斉唱中に猛然とブーイングをするのはスカウスだけだろう。もちろん、こうした行為も自由意思の発露の一つとして容認されるが、「まったくあいつらときたら」と不快に思うイングリッシュも多いはずだ。

 リバプール・サポーターのモノが「イングランドが大嫌い」ときっぱりと、何度も言ったが、国歌斉唱中のブーイングはまさにその思いが端的に表れたものだろう。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2023-24で23シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル28年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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