甲府をACL初勝利に導いた「J2の底力」 タイの絶対王者攻略を支えたチーム力と『他サポ』の後押し
甲府は長谷川元希の決勝点でブリーラムに1-0で勝利した 【Photo by Masashi Hara/Getty Images】
しかもJITリサイクルインクスタジアムがアジアサッカー連盟の規定を満たさず、今大会は経営的な重荷ともなりかねないホームゲームの国立開催を選択した。クラブは収入と応援の両面でチームを支えるため、都内の主要駅にポスターを張り出すなど、「他サポ」の来場を懸命に呼びかけていた。Jリーグの応援席、いわゆるゴール裏には「関係ないクラブのユニフォームを着て入らない」という不文律がある。しかし今回はクラブ公認の例外で、ゴール裏の一角がカラフルなユニフォームで埋まり、「J2代表」に声援を送っていた。
そんなチームがACL2戦目にして、大会初勝利を掴んだ。合計勝ち点4でグループHの2位に位置している。
タイの絶対王者に「控え組」で立ち向かう
10月4日の国立で迎えたブリーラムは、初戦で浙江を4-1で下している。このグループではもっとも手強い相手と予想されていた。
ブリーラムは2年連続三冠を達成しているタイの絶対王者で、強力な外国籍選手と複数のタイ代表を擁するタレント軍団だ。ボランチで起用されていたティーラトンは横浜FM、ヴィッセル神戸でプレーしていたレフティーで、センターバックのキム・ミンヒョクもサガン鳥栖に5シーズン所属していた選手。193センチの巨漢FWロンサナ・ドゥンブアのような「飛び道具」もいた。
しかも甲府は強行日程の中で、難敵を迎えていた。J2のリーグ戦も佳境で、甲府は第37節を終えて勝ち点56の6位。自動昇格はやや厳しい状況だが、昇格プレーオフ圏内に踏みとどまっている。ACLと並行しながら直近の5試合を無敗(2勝3分け)で切り抜けていて、そちらも「負けられない戦い」だ。チームはいわゆるターンオーバーを採用し、直近の水戸ホーリーホック戦から先発を9人も入れ替えていた。ブリーラム戦の先発は控えメンバーが中心だった。
切り札の投入から攻勢に
「彼らがローテーションをしてボールを動かしてくるのに対して、なかなかファーストディフェンダーが決まらなかったことが一つ(苦戦の)原因にありました」
ブリーラムはサイドバック(SB)のササラク・ハイプラコーン、ラミル・シェイダエフ、ティーラトンが左サイドでユニットを組んでいた。ピッチを広く使い、流動的な位置取りを織り交ぜつつ「5つのレーン」をまんべんなく使ったボール回しが有効だった。
ただ後半は甲府が守備の修正から立て直し、さらに交代選手の起用で流れをつかんでいく。59分には温存していた切り札の長谷川元希、クリスティアーノが2枚替えでピッチに入る。長谷川は法政大から加入して3シーズン目で、背番号10を背負うチームのエース。長谷川が左MF、クリスティアーノがセンターフォワードに入った。
この二人の登場が反攻のスイッチになった。キャプテンで右SBの関口正大はこう説明する。
「クリスティアーノと長谷川が入って、選手の特徴が変わりました。ホームなので1点を取りに行くという方向性がそこで決まったかなと思います」
長谷川はリーグ戦との兼ね合いで、アウェイのメルボルン戦に帯同していない。彼にとっては初のACLだった。
「出るとは言われてないですけど、自分としては状態が良いので、多分どこかで使われるだろうなと思っていました」
90分、待望の先制点
【Photo by Hiroki Watanabe/Getty Images】
「クリスはロングスローがあるので、中に入れるかなと思ったんですけど、クロスも早いボールを上げられる。それをやった方がいいかなと思って(自分がスローインを)やりました」
クロスを蹴りたそうな仲間の様子を察した関口はボールを受け取ると、すかさずクイックリスタート。右大外でボールを受けたクリスティアーノは、踏み切りが不十分な難しい体勢から、強引なクロスをファーに上げた。
DFの枚数は揃っていたが、対応はややルーズだった。そこで待っていたのが長谷川だ。
「相手はちょっと身長が低かったので、叩けると思って、そこにいいボールが来ました。あとは本当に合わせるだけでした」
長谷川はそのままゴール裏に駆け出す。チームメイト、スタッフ、そして監督がヒーローを追いかけた。
「(長谷川)元希のヘッドが決まったときには、ちょっと真っ白になりました。元希のところに行こうと思って走ったんですけど、なかなか追いつけなくて、ドクターに抜かれたり、色んな人に抜かれて……。自分のスプリントのスピードがなかったことに、ちょっとショックを受けています(笑)」(篠田監督)
キャプテンは監督より冷静だった。関口と中村亮太朗の「新潟明訓コンビ」はピッチ内にとどまっていた。
「僕もゴール裏に行きたかったんですけどね。全員が行くと雰囲気的にふわふわしちゃうと思って、僕はセンターサークルで待っていました。ただ真ん中で聞いていてもすごい歓声でした」