連載:欧州サッカー23-24シーズンの論点は?

グーナー必読! 20シーズンぶりのプレミア優勝へ 熱狂的アーセナルファンが抱く、かつてない期待感

谷﨑謙一郎

長い苦難の時代を脱しつつあるアーセナル。ファンにとっては7シーズンぶりに出場するCLでの戦いも楽しみだろうが、やはり一番の望みは2003-04シーズン以来となるリーグ優勝だ 【Photo by Stuart MacFarlane/Arsenal FC via Getty Images】

 8月11日に幕を開ける2023-24シーズンのプレミアリーグ。この日を一番心待ちにしているのはグーナー(アーセナルファン)かもしれない。昨シーズンはあと一歩というところで優勝を逃したが、今夏の大型補強もあり、今シーズンこそは――と期待に胸躍らせていることだろう。お届けするのは、開幕を間近に控えたグーナーのリアルな心情だ。海外サッカー専門誌の編集部に籍を置いていた経歴を持ち、アーセナルを愛してやまない筆者は20シーズンぶりのリーグ制覇を、そしてその喜びを全てのグーナーと分かち合うことを心から願っている。

ファンの心を掴んだ復活へのストーリー

「まるでリーグ優勝したみたいに喜びやがって!」

 中堅チーム相手の勝利にさえ喜びを爆発させるアーセナルの選手たちに対して、こうした皮肉混じりの批判が向けられたのは一度や二度ではない。事実、アーセナルというチームは、ミケル・アルテタ監督から選手たち、そしてスタッフに至るまで、一つの勝利を全身全霊で喜ぶ。Amazon Prime Videoのドキュメンタリー『All or Nothing』をご覧になった方ならお分かりだと思うが、アルテタは選手たちに全力でコミットすることを求める。だからこそ、勝利のために皆が一体となって戦い、喜びを分かち合うのだ。

 私たちファンもまた同じだ。否応なしに全力でコミットしてしまうのがフットボールクラブのファンである。チームが劇的な勝利を収めれば深夜だろうと声を上げて喜び(ご近所さん毎回ごめんなさい)、翌日は上機嫌。寝不足でも頭の回転は鈍らない。しかし、当然、負けてしまう日だってある。もちろん落ち込む。タイトルをかけた大一番で負けた後なんて、世界の終わりみたいな気分だ。

 睡眠時間を削って、辛い思いもして、なぜアーセナルを応援するのか? その答えは、筆者の場合、このクラブの描く壮大なストーリーの行く末を見届けたいからだ。

 アーセナルが最後にプレミアリーグで優勝したのは、2003-04シーズン。いまだ他のどのチームも成し遂げていない、無敗優勝の記録とともに語り継がれるその伝説のシーズンを最後に、北ロンドンの名門は栄光の時代から長い苦難の時代へと向かっていく。新スタジアム建設に伴う財政状況の逼迫や、相次ぐ主力の引き抜きに苦しめられ、徐々に優勝争いをする力を失っていったのだ。

 そんな斜陽の時期の2011年に選手としてアーセン・ヴェンゲルのチームにやってきたのが、現監督のアルテタだった。アーセナルでやがて主将を務め、現役引退までプレーしたアルテタは、2019年、成績不振により解任されたウナイ・エメリの後任の指揮官として古巣に戻ってくる。マンチェスター・シティでペップ・グアルディオラの片腕だったとはいえ、トップチームでの監督経験がないアルテタの起用は、大きな賭けに思われた。しかし、この青年監督とともに、アーセナルは復活へのプレリュードを奏で始める。

 アルテタは、就任するとすぐに「Victoria concordia crescit」(ラテン語:調和によって勝利が生まれる)というクラブのモットーに従い、自分たちのアイデンティティを取り戻すことに力を注いだ。ただ強いチームを作るのではなく、ファンとクラブとの一体感を醸成し、皆で価値観を共有しながらチームを作っていく。結果は、ゆっくりではあるが確実に表れた。本拠地エミレーツ・スタジアムに集うファンはかつてないほどの熱い声援と歌声でチームを後押しし、それに応えるようにチームは上昇気流に乗っていったのだ。長い長い苦難の時代が終わり、ようやくトンネルの先の光が見え始めた。

 そして、いよいよ2023-24シーズンの開幕を控え、世界中の多くのグーナー(アーセナルファン)と同じように、筆者はかつてないほどワクワクした気持ちでいる。今シーズンこそ、20年に及ぶアーセナルの挫折と復活のストーリーの結末が見られるかもしれない。リーグ優勝というハッピーエンドを迎えられるかもしれない。そんな予感を抱かせるだけの確かな実力が、今のアーセナルにはあるのだ。

アルテタのサッカーはさらに進化する

アーセナルを上昇気流に乗せたのが、2019年12月に就任したアルテタ監督だ。本気で優勝を目指す今シーズンのチームは、41歳のスペイン人指揮官の下でさらなる進化を遂げるはずだ 【Photo by Visionhaus/Getty Images】

 2022-23シーズン、アーセナルは248日間もリーグ首位に立ちながら、最終的にはシティの後塵を拝して2位に終わった。勝点差はわずかに5。一時は19年ぶりのプレミア王座に手をかけながら、あと一歩及ばなかった悔しさは、もちろんある。しかし、前シーズンの5位から比べれば大きなジャンプアップだ。それに、なんといっても16-17シーズン以来となるチャンピオンズリーグ(CL)の出場権を手にしたのだ。十分すぎる結果だろう。

 だって、考えてみてほしい。咋シーズン開幕前にアーセナルの優勝を予想した人がどれだけいるだろうか。まずは4位に入ってCL出場権を取り戻してくれればいい。悲観することに慣れてしまったほとんどのグーナーは、その程度の期待しか抱いていなかったはずなのだ。

 しかし、1年を経たこの夏は違う。昨シーズン、アーセナルがピッチ上で見せた美しいサッカーには、誰しも大きな希望を見出さずにはいられないだろう。監督就任以来、アルテタが模索してきた戦術がようやく実を結び、これぞアーセナル!というべきハイテンションかつスピーディなサッカーでリーグを席巻。宿敵トッテナム相手にシーズンダブル(2勝)を達成し、マンチェスター・ユナイテッドやリバプールといったライバルとも対等以上に渡り合える力を示したのだから。王者シティを倒すのはアーセナルだと、そう宣言するにふさわしい力を、アルテタと選手たちはピッチ上で証明したと言っていい。

 昨シーズンのアーセナルの強さは、レギュラーの固定による相互理解の高まりと、指揮官の戦術を具現化できる選手が揃ったことで実現した。新加入のガブリエウ・ジェズスとオレクサンドル・ジンチェンコはポゼッションのキーとなり、フランスでの武者修行から戻ったウィリアム・サリバはハイライン戦術を担保する強力な対人守備を披露。さらに既存の戦力も、世界屈指のウイングに成長したブカヨ・サカをはじめ、各人がスケールアップを遂げた。

 ファン目線で付け加えるならば、現在のチームの強みは、圧倒的に“仲がいい”こと。クラブの公式HPやSNSから供給されるトレーニングの写真や動画からは、アルテタが「ファミリー」と呼ぶような、まさに家族的な雰囲気がにじみ出ている。特定の選手がきっかけでファンになった人も、いつの間にか“箱推し”になってしまう理由はこれだろう。新加入選手が溶け込みやすい和やかな環境も、選手の能力を引き出す一因になっているのではないだろうか。

 こうして十分に成熟したチームは、レバークーゼンへと移籍したグラニト・ジャカを除き、ほぼそのままの陣容を維持して新シーズンを迎えられそうだ。骨格を維持できたことで、アルテタの戦術は昨シーズンをベースにさらにアップデートされるだろう。若き知将が率いるチームは、一体どのような進化形を我々に見せてくれるのだろうか。

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