三笘薫の活躍やW杯での躍進で日本人選手の市場価値は上がったのか? 欧州クラブCEOが語る日本人選手のリアル評
様々な噂が流れたが、現地時間8月4日にラツィオ入りが発表された鎌田(左)。一方、上田は同3日に移籍金1000万ユーロ+出来高でフェイエノールト加入が決まった 【Photo by Getty Images / 写真は共同】
W杯の評価は市場に反映されていない
欧州における日本人選手の数は増えていますし、欧州のクラブからの興味・関心も増していると思いますが、選手の価値が高まっているとは感じていません。選手個々の価値で言えば、韓国人選手のほうが高いと思います。
欧州のクラブにとって日本人選手は比較的安い額で獲得できるというのが実情でしょうか。また、チャレンジ精神が強いから、獲得しやすいという側面もあると思います。やはり欧州でプレーする日本人選手が増えている理由は、ただ「人気があるから」ではないので、しっかりと分析する必要があります。
実際、Jリーグから5大リーグで優勝争いをするようなクラブに数億円の移籍金で移籍するケースはほとんどありません。ベルギーやオランダ、ポルトガル、オーストリアのような中堅国が最初の移籍先に選ばれることが多い。5大リーグのクラブが数百万ユーロを投資して、極東のJリーグから選手を獲得するケースは年間に1件あるかないかというのが実情ですよね。
――欧州サッカー界の関係者から「なぜ日本人選手はJリーグのほうが稼げるのに、わざわざ安い給料を受け入れて欧州に来るんだ?」と不思議がられることがあります。チャレンジしたいという気持ちが尊重されるのはいいことですが、「安く獲得できる」状況が続くと、日本人選手の価値が上がっていかないのではないでしょうか?
近年の日本人選手は「欧州でプレーする」ことに対するモチベーションが強すぎますよね。そうなると所属クラブが引き留めることは難しくなり、エージェントも欧州での移籍先探しに動かざるをえません。そして、結局は選手を送り出す側のクラブが苦しい事情をのみ込んで何かを我慢しなければならない。こうした状況をすぐに変えるのは難しいと思います。
――欧州で日本人選手に注目する人々が増えているとはいえ、エージェントからの売り込みをきっかけに移籍が決まるケースが大半のようですね。
欧州のクラブが日本人選手の情報を直接収集して獲得に動くことはほとんどないですね。例えば、ベルギーから日本へ定期的にスカウトを送っているクラブはないと思います。それどころか数年前までは誰も日本人選手を獲りたがらなかった。そんな中でSTVVの冨安健洋選手や鎌田大地選手、ゲンクの伊東純也選手、シャルルロワの森岡亮太選手などがベルギー国内で成功を収めたことにより、「実は日本人選手っていいんじゃないか?」というトレンドが生まれ、「うちも獲ろうかな」とリーグ全体に広まっていったと感じています。
かつてのJリーグにおけるブラジル人がそうだったように、「安心・安全」というブランドが出来上がってきました。日本人選手は献身性があって、戦術面の理解も早く、忠誠心も強いので、多くのクラブにとって「優良な買い物」という意識もあると思います。
――昨年、日本代表がカタールワールドカップでドイツ代表やスペイン代表を破ったことは、欧州の移籍市場における日本人選手に対する評価に影響を及ぼしていると感じますか?
ワールドカップのときには多くの人々から「日本代表、すごくいいね」と言われましたけど、実際にその評価が市場に反映されているかというと、正直なところ影響はあまり感じてないですね。
三笘よりソン・フンミンのインパクトのほうが大きい
プレミアリーグ挑戦1年目にして大きなインパクを残した三笘だが、2年目の今季こそ真価が問われる 【Photo by Craig Mercer/MB Media/Getty Images】
三笘選手よりもソン・フンミン選手の影響がかなり大きいですね。プレミアリーグで得点王を争うような選手がアジア人であるという事実、そして前線の選手としてアジア人が活躍したことのインパクトは強かったと思います。
三笘選手にとって重要なのはこれからです。彼がプレミアリーグで注目を集めているのは間違いないですが、活躍したのはまだ1年だけ。やはり2シーズン目以降も同じように活躍できるかが重要で、数年にわたって君臨できなければ、本当の意味での信頼は勝ち取れません。なので、今シーズンどれだけできるかが、彼にとっても日本サッカーの今後にとっても鍵になってくると思います。
――今シーズンのベルギー1部リーグでは、日本人選手の数が過去最多となっています。ベルギー国内での日本人選手に対する評価はどのように推移してきているのでしょうか?
どのクラブも安心して日本人選手を獲得するようになりましたね。信頼感は年々高まっています。そのなかで、今夏は欧州の他国リーグからの流れ込みが増えました。STVVの小川諒也選手やルーベンの三竿健斗選手はポルトガルから、スタンダール・リエージュの川辺駿選手はイングランド経由でスイスからベルギーにやってきました。もともとプレーしていたリーグ内でのステップアップも可能だったでしょうが、ベルギーリーグが欧州でプレーしている日本人選手にとってステップアップの舞台として選ばれるようになってきたということだと思います。
▼今季、ベルギー1部でプレーする日本人選手(8月8日現在)
DF町田浩樹(ユニオン・サン=ジロワーズ/昨季2位)
MF本間至恩(クラブ・ブルージュ/昨季4位)
DF渡辺剛(ヘント/昨季5位)
MF川辺駿(スタンダール・リエージュ/昨季6位)
FW松尾佑介(ウェステルロー/昨季7位)
MF森岡亮太(シャルルロワ/昨季9位)
MF三竿健斗(ルーベン/昨季10位)
FW岡崎慎司(シント=トロイデン/昨季12位)
GKシュミット・ダニエル(シント=トロイデン/昨季12位)
DF小川諒也(シント=トロイデン/昨季12位)
MF伊藤涼太郎(シント=トロイデン/昨季12位)
DF橋岡大樹(シント=トロイデン/昨季12位)
MF山本理仁(シント=トロイデン/昨季12位)
MF藤田譲瑠チマ(シント=トロイデン/昨季12位)
GK鈴木彩艶(シント=トロイデン/昨季12位)
MF安部柊斗(モレンベーク/昨季2部優勝)
――近年は日本代表など国際舞台での実績がほとんどない日本人選手の欧州移籍も多くなっています。Jリーグから海を渡っていく選手たちの特徴や傾向は感じますか?
最近は特に焦っている印象が強いですね。アンダー世代の日本代表になると、チーム内に海外でプレーする選手もいるでしょうし、仲間内で欧州移籍に関する話になることもあると思います。そうなると「あいつが行ったなら俺も」とお互いに煽るような雰囲気になるのかな、と。国内か海外かに限らず移籍のタイミングは選手それぞれですが、18歳になったばかりの選手がどんどん欧州へ渡っているような現状を見ても、「早く行かなきゃ」という意識が強くなりすぎている気はします。
――とはいえ、欧州において多くのクラブが「安く買って、高く売る」ことを目指して選手を獲得するとなると、求められる日本人選手の年齢が低くなっていくのも自然な流れな気がします。
そうですね。「うちは選手を売らなくてもいい。とにかく勝ちたい、優勝するための補強なんだ」という考えで選手を獲得するクラブは、欧州全体を見渡しても5%くらいしかないと思います。当然、紙面を賑わせるヘッドラインになるのはマンチェスター・ユナイテッドやマンチェスター・シティなどのメガクラブが絡むビッグトランスファーでしょうが、そういう取引は全体のうちごくわずかです。欧州でもほとんどのクラブが、若くて有望な選手を安く獲得して、高く売ることを目指しますし、実際には金銭の発生しないフリー移籍も非常に多い。CL(チャンピオンズリーグ)の常連クラブであるアヤックスやフェイエノールトですら、「安く買って、高く売る」方針ですからね。