連載:欧州サッカー23-24シーズンの論点は?

グーナー必読! 20シーズンぶりのプレミア優勝へ 熱狂的アーセナルファンが抱く、かつてない期待感

谷﨑謙一郎

移籍市場で“優等生”に変貌

今夏の移籍マーケットでの振る舞いは見事と言うほかない。特にグーナーが歓喜したのがライス(中央)の獲得だ 【Photo by Stuart MacFarlane/Arsenal FC via Getty Images】

 昨シーズン、リーグ制覇に一歩届かなかった要因、つまりシティとの差となったのは、選手層の厚みだった。とりわけトーマス・パーティにシーズンフル稼働を望めないアンカーと、咋シーズン終盤に故障者が続出して失速の一因となったディフェンスラインは、テコ入れが必要なポジションだ。いや、だった。と言い換えるべきだろうか。というのも、アーセナルは今夏の移籍市場で、すでにこれらのポジションの補強を終わらせてしまったからだ。

 ここまでのところ、夏の移籍市場におけるアーセナルの補強オペレーションは実に見事だ。あまりに見事すぎて、何か落とし穴があるのではないかと不安になるくらいだ。昨シーズンの終盤に弱点として露呈した手薄なポジションや、キープレーヤーが抜けた箇所に的確な補強を実行。しかも、全ての交渉をプレシーズンの活動が本格化する前の7月前半までにまとめ上げたのだ。

 かつてのアーセナルといえば、「夏休みの宿題は最終日にやるタイプ」で、移籍期限ギリギリに駆け込みでの選手獲得が風物詩。万全の布陣でシーズン開幕を迎えることは極めて稀だった。現監督のアルテタも、2011年8月の移籍期限最終日にエバートンからやってきたのだ。その当時を知るファンからすれば、今夏のあまりに隙のない優等生的な振る舞いに戸惑いを覚えなくもないのだが、これが本当にプレミア優勝を狙うチームになったということなのだろう。

 今夏の獲得選手第一号は、ドイツ代表のカイ・ハヴァーツ。正直、チェルシーが彼を放出するとは思っていなかった。これまで西ロンドンからやってきた選手といえば、実績のあるベテラン、悪く言えば下り坂に差し掛かった選手がほとんどだったからだ。それだけに、伸び盛りのハヴァーツを譲ってくれたのは驚きだった。

 上背があり、前線も務められる選手だが、アルテタは彼をジャカの後釜として中盤で起用するようだ。プレシーズンマッチの内容を見る限り、完璧にフィットしているとは言い難いが、本人が新たなポジションへの適応に自信を見せており、何よりジャカを“魔改造”したアルテタがMF起用を前提に獲得したのだ。時間はかかったとしても、コンバートは必ず成功するだろう。

 続いて加入したのは、オランダ代表DFのユリエン・ティンバー。左右のサイドバックはもちろん、センターバックとしても機能するアヤックス産の俊英は、守備陣の層に確実な厚みをもたらす人材だ。プレシーズンマッチでは早くもチームにフィットし、ボール非保持の局面ではサイドバックとして機能しながら、保持の局面では中盤に加わる、いわゆる「ジンチェンコ・ロール」を難なくこなしている。幼い頃からグーナーだったことを公言しているのもジンチェンコ同様で、加入するや否やファンのハートをガッチリとつかんでしまった。故障明けのジンチェンコや冨安健洋らのコンディション次第では、開幕戦でスタメンに名を連ねる可能性もあるだろう。

 そして、今夏グーナーを最も興奮させたのが、デクラン・ライスの獲得だ。1億500万ポンド(約190億円)というイングランド人史上最高額の移籍金でウェストハムから加入したこのイングランド代表MFは、まだ24歳ながらプレミアでの出場試合は200を超える。他の強豪クラブもこぞって獲得を狙っていた本物のワールドクラスで、トーマスの後継者としてこれ以上ない人材だ。

 何よりファンの心を震わせたのが、競合するシティの誘いを断ってアーセナルを選んだということ。本人はアルテタの下でのプレーを熱望しており、ウェストハムはシティに対して「本人の意思は固そうです」と撤退を促したとも言われている。ちなみにFWのエディ・エンケティアとはチェルシー・ユースの同期で、なんと同じ日に放出されたという過去がある。そんな2人が紆余曲折を経て同じチームのピッチに立つというのも、不思議な縁である。

 アーセナルがシーズン開幕1か月前に“宿題”を終わらせるなんて、しかも1人の選手に1億ポンドもの資金を集中投下するなんて、数年前なら想像さえできなかった。まさかアーセナルがファイナンシャル・フェアプレー(サラリーや移籍金などの支出がクラブの収入を超えることを禁じた制度)に抵触しないか心配する日が来るとは……。

 オーナーであるスタン・クロンキーの息子で実質的に経営権を握るジョシュとスポーツディレクターのエドゥが今シーズンにかける本気ぶりが窺えるが、実は父スタンの気持ちにも変化があったのではと噂されている。アメリカでのプレシーズンキャンプを視察に訪れたオーナーは、珍しいことにアーセナルのロゴがついたキャップを被っていたのだ。近年、NFLのロサンゼルス・ラムズやNBAのデンバー・ナゲッツなど、所有するアメリカンスポーツのチームで栄冠を勝ち取ったこの大富豪が、いよいよヨーロッパでの成功に目を向け始めた――。仮にそうならば、今夏の大盤振る舞いも一過性のものではないかもしれない。

生え抜きの7番&10番とともに戴冠を

ファンにとってアカデミー出身の生え抜き選手は特別な存在だ。ナンバー10を背負うスミス=ロウが、7番をつける盟友サカのように大きく飛躍することを願ってやまない 【Photo by Michael Regan - The FA/The FA via Getty Images】

 多くのグーナーは、ロマンチストで天邪鬼な性分である(個人の見解です)。新戦力の働きにも期待は膨らむのだが、それ以上に、クラブ愛に満ちあふれたアカデミー出身選手の活躍にこそ心ときめくというもの。例えば昨シーズン、マンチェスター・U相手にエンケティアが沈めた終了間際の勝ち越し弾や、ボーンマス相手にリース・ネルソンが叩き込んだ97分の逆転ゴールの瞬間は、言葉では言い表せない特別な感情があふれたものだった。

 その意味で、グーナーが新シーズンに最も期待している選手は、やはりエミール・スミス=ロウだろう。鼠蹊部の手術の影響でコンディションが整わず、昨シーズンはわずかな出場機会しか得られなかった生え抜きの10番は、この夏に開催されたU-21欧州選手権にイングランド代表の一員として出場。チームの主力として優勝の原動力となった。コンディションは明らかに上向いており、再ブレイクの予感を漂わせている。覇権奪回に向けたラストピースになる可能性は十分にありそうだ。

 アーセナルの10番といえば、まず思い浮かぶのはデニス・ベルカンプだろう。しかし、ファンがスミス=ロウに投影しているのは、同じアカデミー育ちのジャック・ウィルシャー(現アーセナルU-18監督)の姿だ。

 10代でトップチームデビューしたウィルシャーは、怪我によってその巨大な才能の開花を阻まれ、指導者の道を選んだ。この天才MFが選手としてプレミアのトロフィーを掲げる姿を見るのは叶わぬ夢となったが、新たに10番を継いだスミス=ロウならばと、ファンは特大の期待を寄せている。いまやチームの大黒柱となった盟友サカと揃ってピッチで躍動する姿を見ながら、「Saka & Emile Smith Rowe~♪」とお決まりのチャントを歌いたいと、誰もが願っているだろう。

 多くの期待と願いのかかった今シーズン。勝利を重ねた先に、アーセナルという「ファミリー」が描き続けたストーリーが最高の結末を迎えられたとしたら、監督も、選手たちも、我々ファンも好きなだけ喜んだらいいのだ。どれだけ派手に祝ったって、もう誰にも皮肉など言われないのだから。

2023-24アーセナル・筆者の理想布陣

※8月8日現在。赤字は新加入 【YOJI-GEN】

(企画・編集/YOJI-GEN)

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