連載:我がマリノスに優るあらめや 横浜F・マリノス30年の物語

何よりも奥大介の期待に応えたかった久保竜彦 大一番を前に「2人だけの決起集会」

二宮寿朗
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奥大介(写真左)との呼吸は、まさに”あうん”だったと久保(写真右)は振り返る 【写真:アフロスポーツ】

 久保竜彦は迷っていた。

 8年間在籍したサンフレッチェ広島のJ2降格に伴って移籍を決めたストライカーには、いくつかのオファーが届いていた。最終候補として残ったのが、2002シーズンを制した王者ジュビロ磐田と、元日本代表監督である岡田武史の監督就任で話題をさらっていた横浜F・マリノス。ジュビロは「強いから」、F・マリノスは「吉浦(茂和)先生(筑陽学園時代の恩師)が岡田監督を“ええ男”と言うとったから」と残した理由は久保らしい、いたってシンプルなものであった。
 話を聞きに横浜に向かうと、岡田自ら会いに来てくれた。

「日本代表の監督もやっとったからちょっと気難しい人かなと思ったけど、全然そんなことなかったね。覚えとるんは“練習をちゃんとこなせれば、お前のことは絶対に試合で使う。本当にお前のことを必要としている。だから来い”と俺と嫁の前でハッキリ言ってくれたこと。あんな言い方されたことない。年俸の条件も気にかけてくれて、隣にいた強化の人に掛け合ってくれとった。この人、カッコええなと思ったよ」

 その日のうちにF・マリノスに行くことを決める。岡田のもとでサッカーをやりたいという感情が心の底から溢れ出たからだ。

 松田直樹、安永聡太郎、波戸康広、清水範久、佐藤由紀彦とチームには同い年の選手がいっぱいいた。寡黙でシャイだが、溶け込むまでに時間はかからなかった。シーズン前の鹿児島・指宿キャンプでは特別に一人部屋が与えられている。これはあまりにも久保のイビキがうるさかったからという“ドラゴン伝説”の序章でもあった。

 F・マリノスには慕っていた奥大介がいた。サンフレッチェ時代の先輩である大木勉に紹介されて食事をしたことをきっかけに親交が生まれ、トルシエジャパンのときには部屋を行き来したこともあった1つ年上の先輩。見知らぬ横浜での生活とあって、プライベートでも助けてもらっていた。

 岡田のトレーニングでは、とにかく勝負にこだわりを持つように叩き込まれた。ミニゲーム一つとってもそうだった。

 勝負の神様は細部に宿る。

奥大介と久保竜彦の「あうんの呼吸」

2003年に久保が横浜F・マリノスに加入した決め手になったのは、岡田監督(写真右)から掛けられたストレートな口説き文句だった 【(c)J.LEAGUE】

 岡田が選手たちによく語っていた言葉だ。久保もランニングでコーンの内側を回ったときに、「ちゃんと外回れ!」と叱られた。

「岡田さんの期待を裏切らんように、手を抜かんように。勝負に対してむっちゃ厳しかったから、それについていくようにというのはずっとあった」

 久保はブラジル人ストライカーのマルキーニョスとコンビを組む。2003年3月21日、前年王者のジュビロをアウェイで撃破した開幕戦からずっとスタメンで起用されたものの、すぐにアジャストしたとは言い難い。彼のなかで試行錯誤がつきまとった。

「サンフレッチェはカウンターのスタイルやったからボールをキープしながらとなると、どこに自分がおったらええんか、最初はよう分からんかった。動きすぎたらボールは出てこん。どう動けばいいかってそればかり考えとった。最初うまくいかんかったのは、マルキーニョスとうまくやらんといかんと考えすぎたこともある。負けんようにせんと、とも思った」

 分岐点となったのが、中断期にあった新潟・十日町合宿。マルキーニョスと同時に動き出すのをやめて、遅れて動くようにするとボールを引き出してシュートまで持ち込むシーンが増えた。何となくつかめた感じがあった。

 動き方が分かったところで夏に入ってから得点のペースを上げていく。チームは10勝2分3敗、2位のジュビロと勝点1差でファーストステージを制覇。続くセカンドステージも大事な場面でゴールネットを揺らす久保がいた。

 終盤戦に入り、名古屋グランパス、鹿島アントラーズに2連敗を喫して7位に後退したが、11月22日、アウェイのベガルタ仙台戦で久保が圧巻のハットトリックをマークして優勝戦線に踏みとどまる。

 奥との呼吸はまさに、あうん。ラストパスを受けて左足アウトサイドでスピンをかけてゴールに蹴り込めば、次はポストプレーで奥にボールを落としてから縦に抜けてボールを呼び込み左足でそのまま流し込んだ。

「大さん(奥)のパスはズレん。シュートのイメージが湧くようなパスをくれるんよ。こっちも余計なことを考えんでいい」

 だがこれはお互いさま。久保も奥が蹴りやすい位置にボールを落としている。信頼と信頼によって、あうんの呼吸が成立するのだ。このハットトリックも、ファーストステージのガンバ大阪戦の“トラップがめんどくさかった”と放ったアクロバティックなボレーも、2人の呼吸と技術が最高の形で噛み合ったものだ。

「タツの一番の魅力は動きの質。アタマが良くないと、あんなにオフサイドが少ないってことはあり得ない。動き出しも駆け引きもアイツ、細かくやっているんです。大胆じゃなくて、むしろ逆で繊細なんです」

 随分と昔に奥から聞いた話をぶつけると、久保はその言葉を噛みしめるように頷いた。

「そうよ。1個、2個遅かったらもうボールは出てこんから、俺は動かんよ。大さんの場合は、ボールが来ること分かっとるからこっちも動く。目が合おうが、合うまいが。ポジションをしっかり取って前にスペースさえ空けておけば大さんからは絶対に出てくる。先に(スペースに)入り過ぎんように、狙っとることだけ分かってもらえれば、俺が蹴りたいところに合わせてくれるんよ」

 ベガルタに勝ってチームは3位に浮上。勝点3差で迎える首位ジュビロとの最終戦に勝利すれば得失点差で順位を上回るが、両ステージ制覇の完全優勝には2位のアントラーズが引き分け以下に終わらなければならない。
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著者プロフィール

1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技 、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。 様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「 松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)「 鉄人の思考法〜1980年生まれ、戦い続けるアスリート」(集英社)など。スポーツサイト「SPOAL(スポール)」編集長。

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