連載:我がマリノスに優るあらめや 横浜F・マリノス30年の物語

栗原勇蔵、最悪に近いプロキャリアのスタート 転機となった“岡ちゃん”との出会い

二宮寿朗
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栗原勇蔵の現役生活はマリノス一筋で幕を閉じた 【(C)J.LEAGUE】

 ハマの番長は、肩肘張らないくらいでちょうどいい。

 2019年12月7日、J1最多の6万3854人をのみ込んだ日産スタジアム。15年ぶりのリーグ制覇を決めた横浜F・マリノスが歓喜の優勝セレモニーを行なった後、現役引退を発表した栗原勇蔵がピッチ上で挨拶に立った。
「優勝でこのスピーチができるということで、ものすごい寒いですけど、“ホット”しました」

「僕の友達もいっぱい観に来てくれています。もしかしたらもう帰ったかもしれませんが」

 ドッと笑いが起こる。さすがにプロ18年間、いや、ジュニアユースから含めれば24年間、F・マリノス一筋のワンクラブマンだけにファン・サポーターのツボは分かっている。つかみはOKだ。

「最後にお願いがあります。あっ! マツさんかと思いました。ハハハ」

 マイクのハウリングの音に驚き、天国にいる松田直樹のイタズラと勘違いし、そのついでとばかりに夜空に目をやって「マツさん、引退します」と報告した。

 最後の試合もベンチ入りとはならず、ピッチ外からチームの戦いを見守った。

 チームメイトと一緒に優勝シャーレを掲げる際には、永久欠番である松田の背番号3を着込んでいた。何をやるにしても、語るにしてもこの人はさりげない。

 センチメンタルを寄せつけないようにすればするほど、逆にスタンドはセンチメンタルが漂う。「最後、スタジアムにいるみなさまで僕のコールをしていただけたら」とのお願いののち、スタンドに鳴り響いたチャントは、感謝も愛情も寂寥も人々の様々な感情が入り乱れて大きさを増していた。

 あれから3年、長いようで短いようで。クラブシップ・キャプテンとして今もクラブのために働いている。

「あの試合、もし優勝を逃がしていたら、しゃべることも変えなくちゃいけなかったからチームメイトには感謝しかないですよ。1秒でも試合に出られたら本当に最高だったけど、まあそこは勝負の世界ですから。優勝して終われているので、やっぱり最高の締め方になったんじゃないですか」

 中澤佑二、松田、中村俊輔に次ぐ、F・マリノス歴代4位となるリーグ戦316試合出場のレジェンドにふさわしい最高の幕引き――。

「あの“岡ちゃん”が来るのかと思って...」

トップ昇格直後の栗原勇蔵。風貌にはまだ頼りなさが残る 【(C)J.LEAGUE】

 しかしプロキャリアのスタートはむしろ最悪に近かった。

 2002年、ユースから同期の榎本哲也らとともにトップチームに昇格。センターバックの末席に名を連ねた。松田、中澤、ナザ、波戸康広らがいるなかで、1年目は1回たりとてベンチ入りしなかった。本人いわく、「プロって何だろうっていうことも分かんないまま、フワッと終わった」。

 シーズンも最終盤に入ったころ、練習試合が組み込まれた。ちょっとでもアピールしなければならない立場だったのに、とんでもない失敗をしでかしてしまう。彼は苦笑い混じりに振り返る。
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著者プロフィール

1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技 、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。 様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「 松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)「 鉄人の思考法〜1980年生まれ、戦い続けるアスリート」(集英社)など。スポーツサイト「SPOAL(スポール)」編集長。

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