異例の手法でJ1昇格を目指すFC町田ゼルビア 藤田社長と黒田監督の強気な青写真

大島和人

町田はJ1昇格候補として注目度が高まっている 【C)FCMZ】

 昨季のホーム平均観客数が3243名というJ2の“不人気クラブ”が、脚光を浴びている。FC町田ゼルビアは1月10日に全体練習をスタートさせ、14日には紅白戦を組んでいた。紅白戦は土曜の実施で、事前に告知されていたということもあり、多くのファン・サポーターが足を運んでいた。

 J1の人気クラブに比べればささやかな賑わいかもしれないが、間違いなくクラブ史上最多。広報の発表によると350名で、それは筆者が指と目視で数えた実数ともおおよそ一致していた。コロナ前でも練習見学は多くて20~30人というレベルだったから、町田を10年以上観察している筆者もその多さに驚かされた。

 注目度が上がった理由は「経営者」「監督」「補強」の3つだろう。

「スピード感、スケール感」を追求

サイバーエージェントの藤田晋社長が町田のトップも兼務 【C)FCMZ】

 22年12月1日付けで町田の新社長に就任したのが藤田晋氏。サイバーエージェントの創業者、筆頭株主にして代表取締役社長だ。ワールドカップ(W杯)カタール大会の放映権を獲得し、本田圭佑氏の解説で好評を呼んだ「AbemaTV」はサイバーエージェントグループで、やはり藤田氏が代表取締役を務めている。競技麻雀「Mリーグ」のチェアマンや、競走馬の馬主としてもおなじみの“セレブ経営者”が町田の社長も兼務することになった。

 藤田新社長は12月の会見でこう就任理由を述べている。

「J2はリーグからの分配金もスポンサー獲得も集客も一番難しい。ここから早く抜け出せれば、経営的には楽な展開になる。お金を使ってでも(J1に)上がりたかったけれど、そのスピード感とスケール感をオーナーの立場では伝え切れなかった。これ以上お世話になれないと遠慮されている側面もあった。それならば自分でやろうと、今回の社長就任に至った」

先行投資、勝負のシーズンに

 地道にお客やスポンサーを集めて、収入を増やすことで強化の原資を得る――。それがプロスポーツの正攻法だ。勝てばお客は増えるが、「強いチームが好きなファン」は弱くなれば離れる。身の丈に合わない先行投資は当然ながらリスクも大きい。だから「勝っても負けても、選手が変わっても応援するファン」を増やせるなら、それはベストだ。しかしIT企業のスピード感に照らし合わせれば、悠長すぎる動きなのだろう。

 サイバーエージェントは2018年10月に町田の筆頭株主になった。堅実経営を旨としていたコテコテの市民クラブが、大企業の傘下に入って“キャラ変”をした。その後3年で練習場やクラブハウスの整備、スタジアム改修は済んでいる。そして今このタイミングで、クラブは勝負に打って出た。

 サッカー、スポーツに限らず競合の多い東京都内でファンを増やすなら、強烈なインパクトを出す必要がある。携帯電話も電子マネーも、ITビジネスは「赤字でもシェアを掴む」ところから収益化がスタートする。ピッチ内の結果から突出していく戦略に、クラブは舵を切った。まずJ1に上がって、その次に集客や経営を考える発想はスポーツ界の常識から反しているのかもしれない。ただ藤田社長やサイバーエージェントの発想からすれば、それが自然なのだろう。

監督、コーチを一新

 指揮官の人選も異例だ。黒田剛・新監督は52歳ながらプロ初挑戦。1995年からこの冬まで青森山田高の監督を務めていた。全国高校サッカー選手権では優勝3回、準優勝3回を記録。Jリーグの育成組織も参加する「高円宮杯U-18プレミアリーグ」のファイナルも2度制している(※2021年もEASTを制しているものの、ファイナルが開催されなかった)

 ただし高校の指導者がプロで成功した例を、筆者は他競技も含めて知らない。プロは単純にレベルが高く、選手も高校生ほど従順ではない。一般的に高校の監督は予算や人事などチームの全権を握っているのだが、プロの監督は“中間管理職”だ。そのような違いを踏まえれば、黒田監督の失敗を予想する声が大きいことも理解できる。逆に言えば黒田監督が成功すればそれは稀有な成功例になる。

 コーチ陣、スタッフも一新された。金明輝ヘッドコーチ、山中真コーチ以下7名はすべて新任だ。またコーチ陣は昨シーズンの4名体制から、3人追加されている。

補強は大物2人と「成長株」

会見に出席した原靖フットボールダイレクター(中央) 【C)FCMZ】

 補強も強烈だった。新加入選手だけで19名いて、始動時の選手数は昨季より10名以上多い35名。ミッチェル・デュークはファジアーノ岡山から移籍してきたFWで、昨年のW杯はオーストラリア代表として4試合に先発出場している。町田がJ1クラブ、中東との争奪戦に勝って獲得にこぎつけた大物だ。エリキも横浜F・マリノスで41試合21得点と、J1トップ級の実力を示していたアタッカーだ。誰がどう見ても、人件費は増えている。

 一方で獲得した選手の顔ぶれを見るとビッグネームは二人だけ。出来上がった有名選手より、「これから」の若手を多く獲得しているところが印象深い。

 原靖フットボールダイレクターはこのように説明する。

「ちょっと地味かなと思われるかもしれませんが、監督がやろうとするサッカー、そして近年のJ2の傾向を見ました。20代前半の、各チームで活躍している1、2年目を中心に、リクルートをさせていただきました」

 例えば大卒2年目の「第2新卒」を4人獲得している。荒木駿太(鳥栖からの期限付き移籍)、沼田駿也(前・山口)、奥山洋平(前・盛岡)、内田瑞己(前・讃岐)といった面々だ。新加入の大半が「U-25」で、クラブ全体の若返りが図られた。

 平戸太貴(京都)、佐野海舟(鹿島)、太田修介(新潟)ら一足早くJ1にステップアップした主力の“穴”を、成長株の若手で埋める。上り坂の選手をチョイスして、チームと一緒にステップアップしていく。それがクラブの狙いだろう。

「走れなくなったら次の若い選手」

 同時に黒田監督のスタイルに合わせた人材の獲得も徹底された。

「黒田さんが目指そうとするサッカーは、90分間ボールを奪い、ゴールを狙い続けるものです。プラス近年のJ2上位チームは選手構成が若くなってきている。そしてうちのチームのレジェンドと言われる選手で太田(宏介)、深津(康太)、中島(裕希)が残ってくれたので、若くて、これから伸びてくる選手を中心にリクルートを行いました」(原ダイレクター)

 荒木、沼田、奥山洋はサイドハーフの起用が予想される選手。他にも国士舘大出身の新人・布施谷翔、山梨学院大から加入した平河悠など、大卒1、2年目のサイドハーフは過剰なほど層が厚い。原ダイレクターはその理由をこう述べる。

「黒田監督はインテンシティや運動量が落ちた際に、戦術的な交代でインテンシティを保ちたいという狙いがあります。特に2列目に関しては本当に若い選手を使って、走れなくなったら次の若い選手がまた出てくるというような感じで構成しています」

 黒田監督は青森山田高時代、2列目がフラットの[4-4-2]をメインの布陣にしていた。引くときは最終ライン近くまで引き、攻撃時はエリアに入っていくハードワークを遂行するのが同校のサイドハーフだ。原ダイレクターのコメントを聞く限り、町田の布陣やスタイルも同じものになりそうだ。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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