[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第10話 明かされた3つのミッション
「ニホンニハ、シュビノブンカガ、ナイ」
日本には守備の文化がない――。これは2002年W杯で日本代表を率いたフィリッポ・トルティエ監督の言葉だ。組織としてパスコースを消すという技術においても、個人としてボールを奪うという技術においても、そして試合を凍らせてリードしたまま終えるというずる賢さにおいても、日本はノウハウがないという意味だ。
ノイマンは椅子に座って足を組み、ドイツ語に切り替えた。
「このトルティエの言葉は、これまでずっと正しかった。私はW杯の日本の試合をすべて見たが、1度たりともプレスがうまくかかった試合はなかった。日本サッカー界は、矛を磨くことばかりに意識がいき、盾を創ることを怠ってきた」
【(C)ツジトモ】
「しかし、28年前の言葉は、今この瞬間から正しくなくなる。なぜなら私は君たちにゾーンプレッシングの手順を教えるからだ。それもただのプレスではない。ハイプレスと言われる強度の高いプレスでもない。極限のスピードとハードワークでボールを追う『エクストリーム・プレッシング』を君たちに授ける」
机上の空論じゃないの? チームメートたちが困惑しているのが、最後尾の丈一には手に取るように分かった。28年間できなかったことを、3週間でできるようにする? 大風呂敷を広げるのが好きなオラルだって、そこまで無謀なミッションは口にしなかった。
選手の困惑をわざと無視するかのように、ノイマンは部屋の明かりを落として、スクリーンのスイッチを入れた。
「エクストリーム・プレッシングを実現するために、これから君たちに守備において3つのミッションを課す」
画面に3つのミッションが映し出された。
1.すべてのフィールドプレーヤーが、縦と横、およそ40×34メートルの広さに集まること。つまり極端にコンパクトな状態をつくる
2.ボールを取れると思ったら、かわされることを恐れず、思いっきり突っ込むこと。もしかわされても、極端にコンパクトにしているので味方がカバーできる
3.DFはロングボールに対して、走り負けないこと
さっきまで声を出すのを我慢していた選手たちも、さすがに「えっ?」という驚きの声をあげた。
監督の言いたいことは分かる。フィールドプレーヤー10人がボールの近くにぎゅっと集まり、相手から選択肢を奪う。プレスにおいて1発目のパンチがかわされても、2発目、3発目で仕留めればいい。ボクシングで敵をコーナーに追い詰めるイメージだ。
だが、それは理想論だ。90分間続けられるとは思えない。ピッチの横幅は68メートルなので、陣形の横幅を34メートルに保つということは、たとえばボールが左サイドにあったら、右サイドの選手は中央まで絞らなければいけないということだ。
さらに3つ目のミッションで「DFはロングボールに対して、走り負けないこと」とあるが、それを実現できるかは、DFの足の速さにかかっている。日本人は平均身長が低いため、DFに高さを求めると速さを犠牲にしなければならない部分がある。
ノイマンは選手の疑いの目線を感じ、すぐに答えを伝えた。
「君たちの中には、日本のセンターバックでは、スピードが足りないと考えた選手がいるかもしれない。確かに世界トップと比べたら、俊敏性も加速力も足りない。だが、日本のMFの選手ならばどうか? 速さで引けを取らない選手がたくさんいる。だから私は名案を思いついた。MFの選手をセンターバックにすればいいと。今回MFとして招集された選手には、全員センターバックに挑戦してもらう」
さらにノイマンは丈一の方を見ながら、「FWも例外ではない」と言った。
「私のシステムのもとでは、サイドバックにもスピードが求められる。だからFW登録の選手全員に、サイドバックにトライしてもらう。会見で私が言ったことを思い出せ。ポジションの固定観念は捨てろ」
MFがセンターバックに、FWがサイドバックに挑戦する? 丈一はドイツ人だけが分かるブラックジョークだと思いたかったが、ノイマンの目は笑っていなかった。
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【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く
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