[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第10話 明かされた3つのミッション

木崎f伸也
 集合時間ジャストに前方の扉が開き、フランク・ノイマン新監督が現れた。思ったよりも背は高くない。175センチくらいだろうか。髪型は整髪料をたっぷりつけたオールバックで、スーツにネクタイを締めている。そして銀縁眼鏡の奥の眼は鋭い。銀行マンに擬態したヒットマンのようだ。両腕を組んで選手たちの前に直立すると、これまでの2度の会見と同じように日本語でスピーチを始めた。

「ニホンニハ、シュビノブンカガ、ナイ」

 日本には守備の文化がない――。これは2002年W杯で日本代表を率いたフィリッポ・トルティエ監督の言葉だ。組織としてパスコースを消すという技術においても、個人としてボールを奪うという技術においても、そして試合を凍らせてリードしたまま終えるというずる賢さにおいても、日本はノウハウがないという意味だ。

 ノイマンは椅子に座って足を組み、ドイツ語に切り替えた。

「このトルティエの言葉は、これまでずっと正しかった。私はW杯の日本の試合をすべて見たが、1度たりともプレスがうまくかかった試合はなかった。日本サッカー界は、矛を磨くことばかりに意識がいき、盾を創ることを怠ってきた」

【(C)ツジトモ】

 ノイマンは立ち上がって、両腕を広げた。

「しかし、28年前の言葉は、今この瞬間から正しくなくなる。なぜなら私は君たちにゾーンプレッシングの手順を教えるからだ。それもただのプレスではない。ハイプレスと言われる強度の高いプレスでもない。極限のスピードとハードワークでボールを追う『エクストリーム・プレッシング』を君たちに授ける」

 机上の空論じゃないの? チームメートたちが困惑しているのが、最後尾の丈一には手に取るように分かった。28年間できなかったことを、3週間でできるようにする? 大風呂敷を広げるのが好きなオラルだって、そこまで無謀なミッションは口にしなかった。

 選手の困惑をわざと無視するかのように、ノイマンは部屋の明かりを落として、スクリーンのスイッチを入れた。

「エクストリーム・プレッシングを実現するために、これから君たちに守備において3つのミッションを課す」

 画面に3つのミッションが映し出された。

1.すべてのフィールドプレーヤーが、縦と横、およそ40×34メートルの広さに集まること。つまり極端にコンパクトな状態をつくる

2.ボールを取れると思ったら、かわされることを恐れず、思いっきり突っ込むこと。もしかわされても、極端にコンパクトにしているので味方がカバーできる

3.DFはロングボールに対して、走り負けないこと


 さっきまで声を出すのを我慢していた選手たちも、さすがに「えっ?」という驚きの声をあげた。

 監督の言いたいことは分かる。フィールドプレーヤー10人がボールの近くにぎゅっと集まり、相手から選択肢を奪う。プレスにおいて1発目のパンチがかわされても、2発目、3発目で仕留めればいい。ボクシングで敵をコーナーに追い詰めるイメージだ。

 だが、それは理想論だ。90分間続けられるとは思えない。ピッチの横幅は68メートルなので、陣形の横幅を34メートルに保つということは、たとえばボールが左サイドにあったら、右サイドの選手は中央まで絞らなければいけないということだ。

 さらに3つ目のミッションで「DFはロングボールに対して、走り負けないこと」とあるが、それを実現できるかは、DFの足の速さにかかっている。日本人は平均身長が低いため、DFに高さを求めると速さを犠牲にしなければならない部分がある。

 ノイマンは選手の疑いの目線を感じ、すぐに答えを伝えた。

「君たちの中には、日本のセンターバックでは、スピードが足りないと考えた選手がいるかもしれない。確かに世界トップと比べたら、俊敏性も加速力も足りない。だが、日本のMFの選手ならばどうか? 速さで引けを取らない選手がたくさんいる。だから私は名案を思いついた。MFの選手をセンターバックにすればいいと。今回MFとして招集された選手には、全員センターバックに挑戦してもらう」

 さらにノイマンは丈一の方を見ながら、「FWも例外ではない」と言った。

「私のシステムのもとでは、サイドバックにもスピードが求められる。だからFW登録の選手全員に、サイドバックにトライしてもらう。会見で私が言ったことを思い出せ。ポジションの固定観念は捨てろ」

 MFがセンターバックに、FWがサイドバックに挑戦する? 丈一はドイツ人だけが分かるブラックジョークだと思いたかったが、ノイマンの目は笑っていなかった。

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第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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