[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第4話 託されたオラルの魂

木崎f伸也
サッカー日本代表のフィクション小説『I'm BLUE(アイム・ブルー)』の続編が決定!
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。

木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。

【(C)ツジトモ】

 レーマー広場での事件から1週間後――。ドイツきっての戦術家、フランク・ノイマンは自分でも驚くほどに日本代表のことが気にかかり、4カ月後から率いるパリSCの分析は最小限にとどめ、毎日、日本の試合ばかりを見ていた。

 個人としてボールを奪う力に問題があるし、接触プレーで相手のパワーを受け流すのが下手だ。だが、きちんと設計図をつくり、歯車がはまれば、複雑なサッカーができるポテンシャルを秘めていた。

 ノイマンは書斎の上に、フランクフルトの地元紙を広げた。まだレーマー広場の事件が大きく特集されていた。

<当局がテロの可能性はなく、精神錯乱者による犯行だったと発表。大型トラックがレーマー広場を暴走し、死者5人、負傷者30人。運転席でピストル自殺した犯人の身元調査が進められている>


 ドイツでは、攻撃的な発作的精神錯乱(Amok、アモック)が社会問題になっていた。2015年にはジャーマンウインクスの副操縦士が、飛行機をアルプス山中に墜落させる痛ましい事件が起こった。2018年にはミュンスターで、暴走したトラックがレストランの屋外の席に突入した。それ以降も毎年のように同種の事件が起こっている。

 記事の写真を見ると、日本代表のメーメット・オラル監督の胸に手を当てたときの感触が蘇ってくる。あのときノイマンは医学部時代の記憶を呼び起こし、すぐに心臓マッサージを試みた。そして到着した救急車に運び入れた。チャンピオンリーグの決勝でも緊張しなかったが、あの日だけは手の震えが止まらなかった。

 携帯の画面に、リマインダーの通知が表示された。

「フランクフルト大学病院、15:00」

 待ちに待った日が来た――。1週間分の分析結果を抱え、ノイマンは家を出た。

 病室に到着すると、窓からマイン川を見下ろせた。さわやかな風が吹き込み、カーテンが揺れている。包帯、ギブス、コルセットに包まれ、オラルがベッドの上に横たわっていた。頭と顔に巻かれた包帯の隙間から乱れた長髪があふれ、まるで闘技場から帰還した剣闘士のような姿だ。

「フランク……か」

 オラルが包帯の隙間から横目にノイマンの姿を確認し、息苦しそうに口を動かした。一度は心臓が止まりながらも、その後の処置によって一命を取り留めていた。

 ノイマンは「ピスタチオ味、好きでしたよね?」と言ってトルコの伝統菓子「バクラバ」の詰め合わせを棚に置いた。常にテンションが変わらない無表情なタイプだが、できるだけ明るく振る舞った。

「あなたにはサッカーの女神だけでなく、生命の女神もついているようです。心停止から復活して、肩、背骨、骨盤、大腿骨を骨折しながらも、不屈の精神で一命を取り留めた。医師は奇跡と言っていましたよ」

 オラルは息継ぎをしながら返した。

「いつも……冷静なおまえのおかげだ」

 後輩に情けない姿は見せたくないのだろう。無理をして声を張っているのが伝わってきた。点滴を受けており、面会に許されたのも15分だけだ。あまり長居すべきでない。ノイマンは分析レポートをカバンから取り出し、ベッド横の簡易椅子に置いた。

「分析結果です。落ち着いて読めるようになったら、いつでも連絡をください」

 オラルは返事をしない。長い沈黙が続く。痛みで口が動かないのではなく、言うべき言葉を探している、とノイマンは思った。

「俺には……夢がある」

 オラルはノイマンに目を合わせて続けた。

「1つ頼みがある。日本の指揮を執ってくれないか?」

 突然の提案にノイマンは驚き、もとから硬い表情をさらにこわばらせた。いくら映像を繰り返し見たからと言って、選手に会ったことすらない。準備期間も明らかに足りない。その一方で、柄にもなく心臓の高鳴りを感じていた。W杯を1度は体験してみたいと以前から思っていた。

 だが、プロ選手経験がない指導者として、1度でも失敗したら、キャリアは終わりだというつもりで仕事をしてきた。魅力的なオファーがあっても、つまずくと思ったら絶対に受けなかった。

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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