[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第4話 託されたオラルの魂

木崎f伸也
 一瞬、心が揺れたが、あまりにも急な話だ。ノイマンはいつも試合でやっているように、数秒間だけ目を閉じて、感情の高ぶりを鎮めようとした。

「でも、ちょっと待ってください。7月上旬にはパリSCでの仕事が始まる。すぐにハイと言える状況ではありません。それに日本サッカー連盟だって、勝手に人を送り込まれるのは嫌でしょう」

 オラルは引かなかった。試合中と同じように諦めず、力を振り絞って叫んだ。

「非常識なことは分かっている! 無理を承知で、ワガママを言わせてくれ! お前が受けてくれたら、俺は病室から指示を送ることができるんだ。俺の魂をW杯に連れて行ってくれ」

 実際に遠隔から指揮を執るのは、現実的には不可能だ。しかし、定期的に連絡を取り合えば、総監督のような立場で一緒にW杯を戦うことができるかもしれない。

 再び2人の視線が重なり続けた。

「本気なんですね」

 そう言うとノイマンは深呼吸をして、窓際に行ってマイン川を見つめた。

【(C)ツジトモ】

「分かりました。パリSCに話してみましょう。ただ、1つ条件があります。W杯は約1カ月間にわたって開催されます。もしリハビリによって劇的に回復し、期間中にスペインとポルトガルに来ることができたら、あなたが途中から指揮を執ってくれませんか? リハビリとW杯、どちらも困難なミッションです。でも目標が同じ場所で重なることによって、私とあなたは1つになれる。これは2人の約束です」

「ああ、約束だ……心からありがとう」

 目の周りの包帯がにじみ、ゆっくりと色を変えていった。

 残された面会の数分間に、オラルは取り組んでいる戦術、チームの強み・弱み、今直面している壁をできる限り説明した。なぜユベンテスの上原丈一をキャプテンに指名しているかも。そして最後に、重要な情報を伝えた。

「日本を率いる上で、気をつけてほしいことがひとつある。それは日本人選手の気質に関することだ。彼らはとても勤勉で真面目だ。でも、それが悪い方向に加速し、組織を破壊してしまうことがある。本人たちからしたら、自分たちで問題を見つけ、自分たちで解決しようとしているだけだろう。ただ、監督にとって、それは重大な越権行為なんだ」

「どういうことですか?」

「W杯が近づくにつれ、選手たちが監督に戦術を進言し始めた。自分たちは監督よりもピッチを見えている、サッカーを分かっていると言わんばかりに……」

 ヨーロッパのサッカー界ではありえない話だが、ノイマンは驚かなかった。すでに普段の冷静さを取り戻している。

「分かりました。私がその気質にメスを入れましょう」

 無表情だった男が、不敵な笑みを浮かべた。

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【講談社】

80%の事実と20%の創作――。

代表チームのキーマンに食い込み、ディープな取材を続ける気鋭のジャーナリストが、フィクションだから描き出せた「勝敗を超えた真相」――。

【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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