[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第2話 日本代表監督、オラルの思い
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。
木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
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【(C)ツジトモ】
日本代表を率いるメーメット・オラル監督は、フランクフルトのレーマー広場のオープンカフェで、W杯で誰を選ぶかに思いを巡らせていた。
ホテルの部屋で、キャプテンと激しい議論になったことがある。日本サッカー連盟の冨山和良会長が、解任に動いていたのも知っている。だが、自分の日本代表を強くしたいという思いに偽りはない。選手たちとは最後の3週間で、信頼関係を築けると確信していた。
コーヒーを口にふくみ、春の柔らかい日差しを全身に浴びた。イースターの連休中ということもあり、子供連れの家族で広場は賑わっている。
3年前、日本代表の監督になって以来、オラルは果敢にボールを奪い、縦に速く攻めるサッカーを目指してきた。ドイツでは「フルガス・フットボール」、「パワーフットボール」と呼ばれる、エネルギーに満ちた力強いサッカーだ。
「日本サッカーに足りないものを補ってほしい」
それが日本サッカー連盟からの要望だった。3年前のアジアカップでパスをつなぐポゼッションスタイルで失敗したことを受け、連盟はドイツ式の最先端のスタイルを日本に取り入れることを望んでいた。
その取り組みは、まだうまくいっていない。
雲行きが怪しくなったのは、選手たちから「どうやってプレスをかけるか、もう少し具体的に決めてはどうか」と提案が出始めたあたりからだった。オラルとしては、攻守において明確なコンセプトを示しているつもりだった。しかし日本の選手たちは物足りなく感じていた。
「もしかしたら監督には、これ以上、戦術の引き出しがないのでは?」
そんな選手たちの不満をスタッフから聞いたときは、暴れたい気持ちになった。だが、それでも耐えた。現実として、日本に世界のトッププレーヤーが集まっているわけではない。彼らの能力を考え、マンマークで守り、ロングボールでカウンターを狙う戦術に切り替えた。
しかし、説明しようとすればするほど選手との距離が離れた。キャプテンの上原丈一から「日本人の気質を分かっていない。国民性をもっと勉強してはどうか?」と子どもを諭すように言われたときには、泣きたいくらい大きなショックを受けた。選手選考の基準について聞かれ、「選手に口出しされることではない」とキレたこともあった。
それでも東京で3年間暮らし、いろいろな人に助けられ、日本への愛情は深まるばかりだ。何よりサポーターたちがスタジアムを青に染め、気持ちがこもった応援をし続けてくれている。彼らにW杯の勝利をプレゼントしたい。本番が3カ月後に迫り、ようやくオラルは自分にいたらないところがあるなら、それに向き合うべきかもしれない、と考えるようになっていた。
3月の遠征から戻ったとき、妻に決意を伝えた。
「私は選手を駒として見すぎていたのかもしれない。あまりにも均一な兵士であることを求めすぎていた。選手には個性があるし、創造性がある。指示される側の気持ちを考えられていなかったと、あらためてW杯直前に伝えたい」
キャプテンの丈一は驚くだろう。今更という声もあるかもしれない。だが、きっとみんな受け入れてくれるはずだ――オラルはそう信じていた。