[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第2話 日本代表監督、オラルの思い
【(C)ツジトモ】
日本がW杯で勝つためのラストピースは何か――。まだ見つかっていない答えを探るために、オラルはドイツで一番の若手監督フランク・ノイマンの力を借りることにした。
ノイマンは不振のドルトムンテを立て直してリーグ3連覇に導き、チャンピオンリーグで準優勝を果たした40歳の戦術家だ。あだ名は「ドクター・ノイマン」。夏にフランスの名門・パリSCの監督に就任することが決まっているが、今季は1年間の長期休暇を取っていた。
2人が知り合ったのは、オラルがドイツ2部のダルムシュタッテを率いているときだ。ノイマンが同クラブにU15監督としてやって来ると、オラルがすぐに戦術分析の才能を見抜き、トップチームのコーチを兼任させた。
ノイマンは選手としてプロ経験がない。18歳のときに膝にけがを負ってプロ選手の道を諦め、フランクフルト大学の医学部に進学した。だがサッカーへの思いは燃え続けた。在学中に育成年代でコーチを始め、オラルとの出会いで指導者として生きる決心をした。
あまりにも思考のスピードが速く、人の気持ちが分からない部分がある。そこでオラルは事あるたびに「選手はこう感じるもんだ」と教えてあげた。「主力を先発から外すときは、プライドを考えて、全体ミーティングよりも前に個人的に伝えておいた方がいい」といった感じだ。
今やノイマンは欧州中のビッグクラブが注目する指揮官になり、逆にオラルが教えを請う立場になった。それでも周りが不思議がるほどにノイマンは昔の恩を大事にし、オラルが質問すれば必ず答えを返した。情熱家と理論家で、互いに補完関係にあるのかもしれない。
「日本の試合を見て、気付いたことを教えてほしい」
今回もオラルが電話すると、依頼を快く受けてくれた。
広場の時計台に目をやると、午後3時になろうとしている。そろそろノイマンがやってくる時間だ。携帯を見ると、ちょうどメッセージが入った。
「Ganz knapp」(ぎりぎりになりそうです)
どうやら少し遅れるらしい。機械のように正確なノイマンにしては珍しいことだ。オラルはコーヒーを追加するために、体をひねって後ろにいた店員に話しかけた。コーヒーをもう1杯。そう伝えた瞬間、広場から悲鳴が波のように伝わってきた。
「アァァァ!」
異音に驚いて前を向いた瞬間、オラルは言葉を失った。大型トラックが猛スピードで広場を疾走し、人を跳ね上げながら、こちらに向かってきている。トラックは中央の花壇に当たって、勢いがついたまま横転した。
横倒しになった大型トラックが滑ってきた。オラルはとっさに右にジャンプした。だが、相手のスピードが上回っている。
大型トラックのフロントガラスが、オラルの体を捉えた。
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代表チームのキーマンに食い込み、ディープな取材を続ける気鋭のジャーナリストが、フィクションだから描き出せた「勝敗を超えた真相」――。
【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く
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