連載:打順別・最強打者は誰だ!?<4番打者編>

元中日正捕手・中村武志が感じた4番の風格 チームメイト・落合博満の伝説の真相とは?

前田恵
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中日時代は頼もしい味方、巨人時代は厄介な敵。中日の正捕手だった中村武志氏は、4番・落合博満をどう見ていたのか? 【写真は共同】

 現役時代は故・星野仙一監督の猛練習に耐え、正捕手として中日ドラゴンズの二度のリーグ優勝に貢献。19年の現役生活を通して、マスク越しから多くの4番打者を見てきた中村武志氏は、相手チームの4番打者からどんな空気を感じ取っていたのだろうか? 錚々たる4番打者との対戦を振り返りながら、元チームメイト・落合博満についても語ってもらった。

「若大将」原辰徳から放たれるオーラ

原辰徳との対戦は何度もあるが、厳しいインコースをほとんど要求できなかったという 【写真は共同】

――19年に及ぶ現役生活の中、対戦した4番打者で最も印象に残る選手は誰ですか?

 巨人の原(辰徳=現監督)さんは、「特別な存在」でした。高校時代(東海大相模)からのスーパースターであり、憧れの選手。自分が同じ土俵に上がっているのが、不思議に感じるんです。1年目に初めて一軍に上がり、原さんの姿を間近に見たときは、緊張して足が震えました。それくらい、原さんの放つオーラは輝いていた。打席練習での姿から、常に憧れの目で追いかけ、見とれていました。どこまでいっても「対戦相手」ではなく「憧れの人」でしたね。

――中村さんの現役時代、巨人戦にはほかのチームとの対戦とは違った雰囲気がありました。

 巨人自体が特別な球団でした。当時の星野仙一監督が、現役時代から巨人戦には非常に燃えた人でしたから。極端にいうと、ほかの球団に負けても巨人だけに勝てばいい、という雰囲気さえありました。

――星野監督は中村さんに対し、原さんの打席で何か特別な指示をなさいましたか?

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著者プロフィール

1963年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学在学中の85、86年、川崎球場でグラウンドガールを務める。卒業後、ベースボール・マガジン社で野球誌編集記者。91年シーズン限りで退社し、フリーライターに。野球、サッカーなど各種スポーツのほか、旅行、教育、犬関係も執筆。著書に『母たちのプロ野球』(中央公論新社)、『野球酒場』(ベースボール・マガジン社)ほか。編集協力に野村克也著『野村克也からの手紙』(ベースボール・マガジン社)ほか。豪州プロ野球リーグABLの取材歴は20年を超え、昨季よりABL公認でABL Japan公式サイト(http://abl-japan.com)を運営中。

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