元日本代表監督のイビチャ・オシムさんが亡くなってから、およそひと月が過ぎた。ジェフ市原（現千葉）にナビスコカップ優勝をもたらし、志半ばで監督の座を辞したとはいえ、日本代表にも大きな変革の渦を巻き起こした名伯楽の死を、いまも多くの人が悼んでいる。生前、数々の語録を遺したオシムさん。取材を通して親交があったライターの北條聡氏が、そのメッセージに込められた想いを綴る。

　大きい。とにかく大きな人だった。

　体も器も。イビチャ・オシムさんのことである。初めて目の前にした時はあまりの大きさに圧倒された。事実、身長190センチ。それでいて、現役時代は華麗にボールを扱う地上戦の覇者だった。

　人は見かけによらない。オシムさん自身がその見本のようでもあった。数学の学士を持つ一方、解なき問いと向き合う哲学者のように見えたのも不思議である。ただ合理的というだけではなく、情にも厚かった。

　もっとも、当初の印象は怖そうな人。捕らえた旅人に謎をかけ、解けない者を食い殺すギリシャ神話のスフィンクス（怪物）のような存在とでも言ったらいいのか。会見や囲み取材の際に質問者がオシムさんから逆に質問され、しどろもどろになる光景を目にしたのは一度や二度ではなかった。かくいう自分にも経験がある。

「今日は何の日か知っているか？」

　初めてのインタビュー取材の冒頭で予想外の質問が飛んできたからだ。こちらが困惑していると、オシムさんはこう話した。

「今日（3月8日）は国際女性デーだ。私は妻に花を買ったが、君はどうだ？」

　はぁ……と言ったきり二の句を継げず、あっけなくスフィンクス（!?）に食われてしまったわけである。ただ、インタビューを終えると、なぜか「この後、お茶でもしないか？」と誘われ、ケーキをごちそうになった。しかも、当方のとりとめもない質問にまで答えてくれたのだから、怪物どころか、仏様のように思えたものだ。