“異業種トレーニング”で受けた刺激 ソフトB・千賀がトップである理由 Vol.1

中島大輔

剛球投手より出力の高い小柄な女性

五輪日本代表の小南拓人(後列左から3番目)やディーン元気(後列左から5番目)、日本選手権優勝の佐藤友佳(後列左から4番目)という日本を代表するやり投げ選手らと異業種勉強会を行った千賀(前列左)。数多くのプロ野球選手も参加し、野球界で分からないトレーニング方法などを学んだ 【写真提供:株式会社NEOLAB】

 東京都渋谷区の高級住宅街として知られる代々木上原周辺に、まるで“秘密基地”のような地下室がある。オンラインサロン「NEOREBASE」を運営する株式会社NEOLABの室内練習場「NEOPARK渋谷」だ。

 2021年12月中旬、福岡ソフトバンクホークスの千賀滉大が、チームメイトの杉山一樹や泉圭輔らとともにトレーニングに励んでいた。手に握るのは野球の硬式球ではなく、トレーニング用のメディシンボール。重さは一般的に1〜10キロで、直径は約25〜36センチとバスケットボールより少し大きいくらいだ。

 体育座りのような状態から、メディシンボールを頭の上で持ったまま背中を後ろに大きく反らせ、広背筋、腹筋、胸郭らを連動させて前方の壁に思い切りぶつけていく。驚かされることに、野球で最速160キロを投げる千賀や杉山より、はるかに小柄な女性が見るからに高い出力を発揮している。このアスリートこそ、2020年日本選手権の女子やり投げで初優勝を飾った佐藤友佳だ。

 やり投げ選手に“異業種トレーニング”を申し込んだ理由について、千賀が説明する。

「やり投げの選手たちは僕らより扱う重量が圧倒的に大きいものを、遠くに飛ばすという作業をしています。フィジカルの能力差や、野球界の狭い世界だけでは分からないことから刺激を受けたくて、昨年くらいからお願いしてセッティングしてもらいました」

ピッチングに応用できるやり投げ

 千賀の要請を受けたNEOLABの内田聖人氏が、親交のある佐藤やロンドン五輪・やり投げ日本代表のディーン元気、東京五輪・やり投げ日本代表の小南拓人に頼んで実現に至った。ちなみに内田氏は早稲田実業時代に甲子園出場、27歳になった今も軟式球で球速155キロを計測し、自身を“実験台”としてオンラインサロンでは千賀らプロ選手を含む投手たちに野球に役立つ各種情報を提供している。

 今回、豪華講師陣の一人として参加した小南は、小学1年生から野球少年だった。肩と跳躍力を買われて高校1年途中でやり投げに転向した経験を踏まえ、野球選手がやり投げのトレーニングを取り入れるメリットをこう考えている。

「野球の硬式球は150グラムくらいしかないですが、やりは800グラムあります。助走をつけて投げるので、実際には800グラム以上の負荷がかかっています。そのためには体をちゃんと作らないと負荷に耐えられないですし、体を大きく使わないと肩やひじをケガします。野球選手がやり投げのように体を大きく使うことをピッチングに応用できれば、もっと力をロスなく投げられると思います」

野球選手とやり投げ選手の圧倒的な差

 先述した女子選手の佐藤は162センチ55キロなのに対し、千賀は187センチ89キロ。体格差は違えど、トレーニングの中では、佐藤の方が高い出力を発揮することもある。その強さを、千賀はこう話した。

「野球人側と、やり投げ組では圧倒的に差が大きいですね。強さの部分では、本当に野球界では見たことがないような人たちだなと改めて思いました。動作一つひとつをとっても、野球選手との違いを圧倒的に見せつけられた感があります」

 やり投げの選手がプロ野球投手を出力で大きく上回るのは、いくつか理由が考えられる。小南が説明する。

「野球はピッチングの他にも戦術や連携プレーなど、やるべきことや考えることがたくさんあります。だから、トレーニングに割ける時間が少ないと千賀投手は話していました」

 対して、やり投げは対極にある。小南が続ける。

「僕らは完全に個人競技なので、連携はまったくいりません。やり投げという競技はバッティング練習のように毎日練習できるわけではなく、週に1、2回しか投てき練習をできません。負荷がかかり、ケガをしてしまうからです。週に2回投げたとして、週5日くらいはフィジカル強化に充てられる。僕らは1回の投てきの負荷が大きいので、それに耐えるためのウエイトトレーニングは投てき練習と同じくらい大事です。そうしたところで野球選手との差が出ているのかなと思います」

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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