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ダルビッシュ有、田中将大らエースを育成
佐藤義則コーチが語るスライダーの真髄

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ダルビッシュ有(右)は今年4月14日のブログで、佐藤義則(左)と日米通算勝利数で並んだこと、そして「またブルペンで投げているのを見てもらいたい」と恩師に抱く思いを綴った
ダルビッシュ有(右)は今年4月14日のブログで、佐藤義則(左)と日米通算勝利数で並んだこと、そして「またブルペンで投げているのを見てもらいたい」と恩師に抱く思いを綴った【写真は共同】

 22年間の現役生活で165勝を挙げ、阪急(現オリックス)の黄金時代を支えた佐藤義則。1998年に引退後は、オリックス、阪神、北海道日本ハム、東北楽天、福岡ソフトバンクのコーチを務め、ダルビッシュ有、田中将大ら球界を代表するエースを多数育成してきた。球界を代表する投手コーチに、スライダーの真髄を聞いた。

伝家の宝刀「ヨシボール」誕生秘話

――現役時代の佐藤義則さんといえば、人差し指と親指で挟んで投げる、伝家の宝刀「ヨシボール」が有名でした。あのボールはフォークと縦のスライダー、どちらの球種に近いですか?


 僕の中ではフォークなんですが、握りとしてはスライダーに近いですね。もともとストレートとカーブの2球種しか持っていなかったので、縦の変化で空振りを取れるボールを身につけたくて思いついたのが、ヨシボールの始まりでした。投げ始めたのは日本大時代で、プロに入ってからもう少しスピードをアップさせ、ストレートと同じ軌道から落ちるようにしようと、捻り方や腕の振りを工夫しました。


――スライダーはプロ入り後に覚えたのですか?


 はい。プロに入って、確か4年目だったと思います。投手コーチの足立光宏さんに「ぼちぼちスライダーも覚えたほうがいいんじゃないか」と言われて、投げ始めました。それまではカーブとヨシボールという、縦に変化するボールで勝負してきたので、今度はストライクも空振りも取れ、カウント球にも勝負球にも使える“横の変化球”を覚え、磨きをかけることにしました。


――スライダーを投げるときに最も意識していたことは何ですか?


 スピードを落とすことなく、真っすぐの軌道から変化させることです。最近は変化の大きなスライダーを投げる投手が多いですが、僕はバットの芯を外して、打ち損じを誘えるスライダーが理想だと考えます。そのためにも、ストレートと変わらないスピードで腕を振って、打者がストレートだと思って振ってきたところから、ピュッと曲げるようなイメージで投げることを大切にしてきました。


 また、これはスライダーに限りませんが、すべての変化球は「腕の振り」が重要です。打者は投手の腕の振りを見て、タイミングを合わせてきます。投手コーチとして指導する際にも、このことを伝えています。

時代は横スラより縦スラ!?

野村克也、星野仙一ら名監督から「日本一の投手コーチ」と称賛された佐藤(71番)。野村から田中将大(中央)の育成を託されるかたちで、2009年に楽天の投手コーチに就任した
野村克也、星野仙一ら名監督から「日本一の投手コーチ」と称賛された佐藤(71番)。野村から田中将大(中央)の育成を託されるかたちで、2009年に楽天の投手コーチに就任した【写真は共同】

――指導の話が出ましたが、佐藤さんは古巣オリックス、阪神、日本ハム、楽天、ソフトバンクのコーチを18年間に渡って歴任し、井川慶(元阪神など)、ダルビッシュ有(パドレス)、田中将大(楽天)など、球界を代表するエースの育成に携わってきました。コーチとして出会った投手の中で、佐藤さんの印象に残るスライダーの使い手は誰ですか?

前田恵

1963年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学在学中の85、86年、川崎球場でグラウンドガールを務める。卒業後、ベースボール・マガジン社で野球誌編集記者。91年シーズン限りで退社し、フリーライターに。野球、サッカーなど各種スポーツのほか、旅行、教育、犬関係も執筆。著書に『母たちのプロ野球』(中央公論新社)、『野球酒場』(ベースボール・マガジン社)ほか。編集協力に野村克也著『野村克也からの手紙』(ベースボール・マガジン社)ほか。豪州プロ野球リーグABLの取材歴は20年を超え、昨季よりABL公認でABL Japan公式サイト(http://abl-japan.com)を運営中。

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