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松井裕樹が決断したスライダーからの脱却
毎年同じ球ではプロの世界では通用しない

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「松井裕樹=スライダー」と言われることに、本人はどう思っているのか。率直な思いを聞いた
「松井裕樹=スライダー」と言われることに、本人はどう思っているのか。率直な思いを聞いた【撮影:スリーライト】

 2012年、夏の甲子園。彗星のごとく現れた奪三振マシーン、桐光学園の2年生投手・松井裕樹。初戦の今治西高戦で大きく鋭く曲がるスライダーを武器に、10連続三振を含む22個もの三振を奪い、あっと驚かせると、2回戦以降も三振の山を築き上げ、4試合で68奪三振。左投手として1大会最多の奪三振記録を作った。あのスライダーはどうやって生まれたのか? どのように磨き、そしてプロ入り後、どう変わっていったのか? 東北楽天の松井裕樹に聞いた。

甲子園で1試合22奪三振の驚異のスライダーはこうして生まれた

松井裕樹がスライダーをマスターしたきっかけとは?
松井裕樹がスライダーをマスターしたきっかけとは?【写真は共同】

――中学生でもスライダーを投げる投手が多い中、松井投手は青葉緑東シニア時代、スライダーは投げていませんでしたね? シニアの全国大会で優勝投手に輝きましたが、武器は曲がりの大きなカーブでした。


 あの頃、スライダー、うまく投げられなかったんです。一応、(スライダーの)サインはあったのですが、真っすぐとカーブである程度抑えられていたので投げなくてもいいかなと(笑)。


――世間を驚かせた高校2年夏の甲子園、1試合22三振を奪う大きな武器となったスライダーは、いつ、どうやって生まれたのでしょう。


 高校入学してからも、真っすぐとカーブだけであまり打たれず抑えられていたのですが、1年の5月か6月に、あの代ですごく強かった習志野高、日大三高とオープン戦をして、その2校に立て続けにメッタ打ちされたんです。そのとき、真っすぐとカーブだけではキツイな。スライダーを混ぜて、3球で勝負しないとこの先厳しいな。と思うようになって……。それまで少しだけ練習していたスライダーをしっかり自分のものにしようと思ったんです。


――どんなことから取り組んでいきましたか?


 これならいけそうっていう握りが2〜3つあったので、それを試合で試していきました。

瀬川ふみ子

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