日豪戦の「チャント事件」をどう考えるか W杯アジア最終予選での劇的勝利の裏側で

宇都宮徹壱

日本の勝ち越しゴールで沸き起こった代表チャント

後半41分に値千金の勝ち越しゴールを決めた浅野拓磨は、チームメイトによる手荒い祝福を受けた 【Photo by Etsuo Hara/Getty Images】

 1-1で迎えた後半41分、途中出場の浅野拓磨が左サイドに侵入して、ロビング気味のシュートを放つ。GKマシュー・ライアンがいったんセーブしたボールは、ポストに跳ね返り、さらに味方に当たってゴールイン。次の瞬間、予想外のことが起こった。日本代表のチャントが、ゴール裏から発せられたのである。

「オー、バモ・ニーッポン! ニーッポン! ニーッポン! バモ・ニーッポン!」

 10月12日、埼玉スタジアム2002で開催されたワールドカップ(W杯)・アジア最終予選、日本vs.オーストラリア。収容人数の上限は1万5000人まで引き上げられたものの、この日も声を出しての応援は禁じられていた。だから最初は、録音されたBGMとしてチャントが流れたのかと思った。しかしそれは明らかに、日本の勝利を決定付けるゴールが決まったことへの、一部サポーターの歓喜に満ちた歌声であった。

 チャントは長くは続かず、すぐにまた手拍子の応援に戻っていった。それでもルール違反であることに変わりはないし、いくら代表戦だからといって美談にすべきではないとは思う。ならば、チャントを発した人々を厳しく罰するべきかというと、それにも若干の躊躇(ちゅうちょ)が伴う。というのも私自身、いちサッカーファンとしてあの場にいたら、条件反射的にチャントを口ずさんだ可能性が高いからだ。

 何しろW杯出場を懸けた、最終予選である。しかも相手はグループ首位で、今予選11連勝中のオーストラリア。対する日本は最終予選3試合を終えて、1勝2敗の3位と大きく出遅れてしまった。このまま引き分けに終われば、勝ち点差は6のまま。森保一監督の解任も、大いにあり得る状況だった。繰り返しになるが、Jリーグで許されないことが、代表戦なら許されるという話ではない。さりとて、あの現場にいた者であれば「そうなってもおかしくない」空気が充満していたことだけは、申し添えておきたい。

 その後、日本は4分間のアディショナルタイムを守りきり、オーストリアに2-1で勝利。勝ち点を6に積み上げて、2位に順位を下げたオーストラリアとの差は3ポイントとなった。試合後、サポーターがいるスタンドに何事かを叫び、深々と頭を下げる森保監督の姿があった。当人によれば「これからW杯出場権をつかみ取るために、厳しい戦いがまだまだ続きます。一緒に戦ってください。カタールに一緒に行きましょう!」と伝えたそうである。

明らかにいつもと違っていたスタメンと森保采配

田中碧は前半8分に右足を振りぬいてゴール左隅に流し込み、日本に先制点をもたらした 【写真:ロイター/アフロ】

 この日の日本は、明らかにいつもと違っていた。まず、スターティングイレブン。GK権田修一。DFは右から、酒井宏樹、吉田麻也、冨安健洋、長友佑都。中盤は3枚、右に田中碧、左に守田英正、アンカーに遠藤航。FWも3枚、右に伊東純也、左に南野拓実、そしてセンターに大迫勇也。これまでの4-2-3-1から中盤の構成を変え、田中と守田の元川崎フロンターレ組がスタメンで起用された。そしてこの両名が、大きく勝利に貢献することになる。

 先制したのは日本。前半8分、左に展開していた南野からの低いクロスに対し、左サイドバックのアジズ・ベヒッチがクリアできず。ボールが流れることを予期したかのように、走り込んできた田中が右足でゴール左隅に流し込む。田中はAマッチ3試合目にして、これが代表初ゴール。2試合ぶりの先制点によって、日本は重圧から一気に解放された。

 対するオーストラリアは、あまり怖さが感じられなかった。しっかりビルドアップはしてくるものの、不用意なパスミスや足元での不正確さが目立ち、日本が付け入る隙はいくらでもあった。守田も得意のボール奪取能力を発揮していたが、後半20分、自陣ペナルティーエリア手前でアイディン・フルスティッチを倒してしまう。主審は最初、ペナルティースポットを指したが、VAR判定でFKに変更。しかし安堵(あんど)したのもつかの間、フルスティッチに豪快な直接FKを決められてしまい、試合は1-1の振り出しに戻ってしまう。

 それでも過去3試合に比べれば、日本の試合運びは安心して見ることができた。その要因は大きく二点。まず、この日の選手たちが旺盛な闘争心を維持し続けたこと。そして森保監督のベンチワークが、いずれも的確かつ納得できるものだったことにある。後半16分、たびたび決定機を逃していた大迫に替えて古橋亨梧を投入。続いて33分、南野に代わって入った浅野は、前述のとおりオウンゴールによる決勝点を演出した。さらに40分には、疲れの見える長友と守田を下げて、中山雄太と柴崎岳をピッチに送り出す。

 注目すべきは、古橋と柴崎である。古橋については、これまでは左サイドでのみ起用されてきたが、このオーストラリア戦では初めてセンターで試された。一方の柴崎は、5日前のサウジ戦で失点の原因となるパスミスを犯していた。しかし森保監督は、決して彼を見放すことなく、この重要な場面で汚名返上の機会を与えている。確かに古橋も柴崎も、この試合で何かを成し遂げたわけではない。それでもオーストラリア戦での起用が、今後の日本の戦いに、大きな意味を持つ可能性は十分あり得る。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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