日豪戦の「チャント事件」をどう考えるか W杯アジア最終予選での劇的勝利の裏側で

宇都宮徹壱

もうひとつの勝因となった入場者数の上限緩和

試合後、ゴール裏に掲げられた「MORIYASU NIPPON」の横断幕。オーストラリア戦は今予選のターニングポイントになった 【宇都宮徹壱】

 日本の勝因をもうひとつ挙げるならば、この日スタンドに駆けつけた1万4437人のファン・サポーターが、しっかりとホームの雰囲気を作り出していたことである。今予選での連勝記録が止まったことについて、オーストラリア代表のグラハム・アーノルド監督は、試合後の会見でこのように述べている。

「これまでと何が違ったかといえば、相手(日本)には大勢のファンやサポーターがいたことだ。特に最後の10分間の日本は、スタンドから多大なエネルギーを受けていた。それに比べてわれわれは、1カ月近くオーストラリアを離れてプレーしている。われわれだって本当は、自国のファンの声援を受けたいのだ」

 ちなみにオーストラリアは、厳しい入国制限を続けていることもあり、最終予選でのホームゲーム2試合はいずれもカタールで行っている。それでも「わが国も(ワクチンの)接種率が80%を超えているのだから、自国で試合を開催してほしい」というのが、アーノルド監督をはじめとするオーストラリア側の切なる願い。そうした相手の状況を考えると、この大一番で「接種証明」を持つ人の行動制限を緩和し、入場者数の上限を1万5000人まで引き上げた日本側の対応は、まさにナイスアシストであった。

 そんな中で起こってしまった、今回の「チャント事件」。この2シーズン、声を出して応援したい思いをずっと封印してきた、Jクラブのサポーターや関係者が怒りに震えるのは当然の話である。そのことを大前提としながらも、一方でこうも思うのだ。さまざまな矛盾やアンビバレントを内包する、フットボールの断面をまざまざと見せつけられたのが、この日豪州戦ではなかったか、と。

 この勝利によって、森保監督は引き続き日本代表を指揮することになるだろう。そして彼を支持し続けた、JFAの田嶋幸三会長も、さぞかしご満悦のことだろう。当然、こうした状況を快く思わないファンも、一定数いるはずだ。けれども、あのような劇的な試合を見せられたら、サッカー好きとしてはやっぱりうれしい──。

 またひとつ、多くの日本のサッカーファンにとり、忘れがたい試合が生まれた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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