連載:高校野球2021、夏の地方大会「激戦区」を占う

大阪桐蔭×履正社「元主将対談」 福井章吾と若林将平が4年前の夏を語る

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現在は慶大でチームメイトの福井(左)と若林(右)。それぞれ大阪桐蔭、履正社の主将として、大阪、そして全国の頂点を争った2人が、高校最後の夏についてとことん語ってくれた 【写真提供:慶應義塾体育会野球部】

「全国を勝ち抜くよりも難しい」とすら言われる、夏の大阪大会。近年、そんな群雄割拠の大会で「2強」と呼ばれるのが、大阪桐蔭と履正社だ。2017年に両校の主将を務め、今は慶應大学でチームメイトの福井章吾選手(大阪桐蔭出身)と若林将平選手(履正社出身)に、直接対決もあった4年前の夏を振り返ってもらった。

桐蔭に勝てば甲子園。そこしか見てなかった

――4年前の夏は、大阪大会の準決勝で対戦し、大阪桐蔭が8対4で履正社を破りました。夏の大会を迎える直前のチーム状況はどうでしたか?

福井章吾(以下、福井) 僕らは1年生のときも2年生のときも夏は甲子園に行けていなかったので、とにかく夏の甲子園に出るのが大きな目標でした。春の選抜大会決勝で履正社に(8対3で)勝って優勝し、その後、春の近畿大会も優勝して、チームの状態としては抜群というか、最高の仕上がりでした。もちろん、まだ伸びる余地はありましたが、春夏連覇に向けて、万全の状態で夏を迎えられましたね。

若林将平(以下、若林) 選抜の決勝で大阪桐蔭に負けて。夏は大阪桐蔭に勝たなければ甲子園に行けない、勝たなければならないということが再確認できました。ただ、春は府大会の5回戦で東海大仰星に負けてしまって。選抜で桐蔭に負けたにもかかわらず、あのときはまだ変な余裕を持っていたというか。悔いが残ったし、もっとやらなければいけないと感じた試合でした。チーム全体としてはよかったかな。

――夏の大阪を勝ち抜く厳しさについては、どんな覚悟を持っていましたか?

福井 夏の前に、西谷浩一監督にカレンダーを渡されました。7月と8月の。それで、7月と8月の間に線を引いて、「これを越えられるのは、大阪で1校だけや」っておっしゃるんです。

 大阪大会は日程的にも、最後の1週間ほどで4試合、5試合と勝ち抜く必要がある。それを乗り越えるために、6月は数週間、強化練習をやります。蒸し暑い時期にグラウンドコートを着たり、マスクをつけたりして走る。地獄のような練習を毎日していました。大阪の決勝が終わってもまだ余力があるチームを目指していました。

若林 僕らはもちろん、甲子園に出たいという気持ちはありましたけど、どちらかと言えば、「大阪桐蔭に勝てば、甲子園に行ける」という感じでした。そこしか見てなかったですかね。

――お互いに意識はしていたのですか?

福井 いやまぁ、そりゃしますね。ちょうど、夏の準々決勝は南港球場で、履正社がぼくらの前の試合で(大体大)浪商とやって。浪商には宮本大勢(現・大阪ガス)という好投手がいて、良い試合になるかなと思ったんですけど。目の前で履正社のコールド勝ちを見せつけられて。

 一方で僕らは興国に苦戦して。後半に逆転して15対9で勝ったんですけど、「万全の仕上がりの履正社と、苦しんで勝ち上がった大阪桐蔭」みたいな感じでした。やっぱり履正社だなというのはずっと思っていましたね。

若林 浪商に勝ったあと、スタンドで興国と桐蔭の試合を見ていました。これ、章吾がいる前で言いにくいんですけど、「もしかしたら興国が勝つんちゃうかな。これ、もしかしたらもしかするぞ」って。

 僕らは2年生の夏に甲子園に出たんですけど、そのときは桐蔭と大阪大会で当たらなかった。山田哲人さん(現・東京ヤクルト)がいた2010年も、桐蔭と当たらずに甲子園に出てるんですよね。履正社が甲子園に出るときは桐蔭と当たらない。そんなジンクスのようなものもあって、「もし桐蔭が負けたら、俺ら可能性あるかな」みたいな感じで試合を見ていた気がします。
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著者プロフィール

朝日新聞東京本社スポーツ部記者。2005年に朝日新聞入社後は2年半の地方勤務を経て、08年からスポーツ部。以来、主にプロ野球、アマチュア野球を中心に取材をしている。現在は体操担当も兼務。1982年生まれ、富山県高岡市出身。自身も大学まで野球経験あり。ポジションは捕手。

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