松井大輔と大久保嘉人が大放談 鹿実、国見時代の青春と乱闘事件
高校時代からしのぎを削ってきたライバルであり、盟友でもある松井と大久保。オンラインで日本とベトナムを繋ぎ、夢の対談が実現した 【飯尾篤史】
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鹿実はもっと走ってんだぞ!
松井 へえ、知らなかったです。
大久保 俺も。
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大久保 ああ、あれ、30周年記念だったんですね(笑)。
松井 知らないで、やってたのかよ(笑)。
――松井選手は京都から鹿実へ、大久保選手は福岡から長崎の国見に越境入学していますが、憧れとかありましたか?
大久保 俺は小学3年生くらいのとき、国見が選手権で優勝したんですよ。アツさん(三浦淳宏)とか、永井さん(永井篤志)の時代(92年度大会)。それを見て、国見でサッカーをしたいと思ったんです。
松井 僕は中学生になってから選手権を見るようになったんですけど、その頃ちょうど、平瀬(智行)さんがいた鹿実が優勝して(95年度大会)。それを見て、鹿実に行きたいな、と思ったんですけど、どうやって行けばいいのか分からなくて。(京都の藤森中の)監督に相談したのを覚えていますね。
――入学後、「打倒鹿実」「打倒国見」というようなライバル意識は感じました?
大久保 国見は間違いなく鹿実がライバルで、「鹿実はもっと走ってんだぞ!」「お前ら、負けていいのか!」って先生にハッパを掛けられながら、走らされていましたね。ただ、選手は何も思ってなかったです。
松井 監督同士(鹿実の松澤隆司監督、国見の小嶺忠敏総監督)がそういう感じだったんでしょうね。どちらも意識し合っていたというか。同じ九州で、同じような戦術というか、似たような戦い方で、「国見には絶対に負けない」という気持ちが(松澤)監督にはあっただろうし、切磋琢磨(せっさたくま)して、ともに強くなっていかなきゃけないと思っていたんじゃないかな。
すごく荒い選手、それが第一印象
2列目でのプレーも多かった高校時代の大久保。ドリブル、パス、シュートを高いレベルで併せ持ち、野性味溢れるアタッカーとして暴れまわった 【写真:アフロスポーツ】
大久保 俺は高2のとき。松井さんは1個上だから3年で。鹿実はみんな坊主なのに、松井さんだけ髪を伸ばしていて。
松井 ハハハ。
大久保 「なんだ、あいつは!?」と思ったけど、めちゃくちゃうまいんですよ。京都から来たやつらしいって。「うわ、すげぇな」って俺は見てましたよ。なんで髪伸ばすの、許されていたの?
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