タレント揃いの79年生まれ、黄金世代の最終学年の選手権決勝は、本山雅志擁する東福岡と中田浩二率いる帝京によって争われ、前者に軍配が挙がった【写真:アフロスポーツ】
ユーザー投票によって20世紀に行われた高校サッカー選手権の名勝負1位に選ばれたのは、雪の国立決戦として語り継がれる1997年度大会決勝の東福岡vs.帝京だ。のちに鹿島アントラーズでチームメートとなる本山雅志と中田浩二がぶつかった激戦は、“赤い彗星(すいせい)”こと前者が2-1で勝利し、史上初となる高校三冠を達成。「最高のコンディションで戦わせてあげたかったけど、雪の決勝ということで、今も鮮明に記憶に残っている」といったコメントが寄せられた。
2位、3位に輝いたのもライバル対決として注目を集めたゲームだ。2位は四日市中央工業と帝京の両校優勝に終わった91年度大会の決勝。帝京のエース・松波正信が2ゴールを奪えば、四中工のエース・小倉隆史も土壇場でダイビングヘッドをねじ込んだ。このシーンには「小倉の野性味あふれる同点ゴールに鳥肌が立った」といった声が寄せられ、選手権の名場面に数えられている。
3位は、清水商業と鹿児島実業が決勝を懸けて戦った93年度大会の準決勝。ユース代表のチームメイトである清商の守護神・川口能活と鹿実のエース・城彰二の激突で注目された一戦は、PK戦の末に勝利した清商が決勝でも国見を破り、3度目の選手権制覇を達成。「川口は2失点したが、PK戦で1本止めて面目躍如。大滝監督が川口を絶賛していたのが印象的」というコメントからは、この試合を鮮明に覚えていることが伝わってくる。
20世紀は“サッカー王国”静岡の隆盛が目立ち、前述した3位から6位までの4試合はいずれも静岡勢が絡んだもの。5位にランクインした76年度大会決勝は、壮絶な点の取り合いの末、1年生ウインガー・水沼貴史擁する浦和南が連覇を達成したが、「素晴らしいテクニックを披露した静学に度肝を抜かれた」というコメントが代表するように、初出場の静岡学園が残したインパクトは絶大だった。
その静学が、鹿実と両校優勝ながら初制覇を成し遂げたのが、4位に入った95年度大会決勝。鹿実のエース・平瀬智行、静学の1年生守護神・南雄太はのちにJリーグでも何度も対戦することになる。
ブラジル人留学生のアデミール・サントス、のちに日本代表となる澤登正朗、大嶽直人を擁した東海大一は初出場ながら優勝に輝いた【写真:山田真市/アフロ】
6位に入った86年度大会決勝では伝説のゴールが生まれた。「あのFKには度肝を抜かれた。今も脳裏に焼き付いている」というコメントからも分かるように、東海大一のアデミール・サントスが国見ゴールにたたき込んだ“バナナシュート”も、選手権の名シーンのひとつだ。
空前の大観衆を集めたのは、8位に入った83年度大会決勝の帝京vs.清水東。発表された観客数は6万2000人。それでも1万人以上がスタジアムに入れなかったと言われている。長谷川健太、大榎克己、堀池巧の“三羽ガラス”が最上級生となり、1年生FW武田修宏を加えて連覇を狙う清水東だったが、帝京の前田治にゴールを許し、0-1と惜敗。「最強と言われた清水東が負けたのが、今でも信じられない」という言葉が寄せられた。
13位に入った86年度大会準々決勝の激戦が入った。財前恵一、野田知を軸とする室蘭大谷が主導権を握ったものの、エース・黒崎久志の奮闘で宇都宮学園が盛り返し、0-0のままPK戦へ。誰ひとり外すことなくサドンデスに突入し、ついに一巡。30人目のキッカーが外し、15-14で室蘭大谷が準決勝の切符をつかんだ。
ちなみに、この記録は18年度大会の2回戦でのべ38人がPKを蹴った、帝京長岡vs.旭川実業で破られるまで、選手権の最多PK記録だった。
九州勢として初めて選手権を制覇した島原商業、同じく初の四国勢優勝となった南宇和の決勝も、17位と19位にランクイン。84年度大会決勝で島原商業が帝京と対戦した一戦は、1-1のまま延長戦にもつれ込んだまま決着がつかず、17年ぶり5度目の両校優勝となった。「ここから九州勢の躍進が始まった」というコメントにもあるように、その後、国見や鹿児島実業が上位進出の常連となっていく。
前回王者の清水商業が予選敗退を喫し、本命不在と言われた89年度大会を勝ち進んだのは、ダークホースの南宇和だった。1年生MF上野良治擁する武南と対戦した決勝では、2年生FW西田吉洋が2ゴールを奪い、四国勢として初制覇。この快挙を振り返り、「当時、愛媛に住んでいたので、地元が大盛り上がりだったのを覚えています」という声が寄せられた。四国勢の決勝進出は今のところ、これが最後となっている。
(企画構成:YOJI-GEN)