羽生結弦が乗り越えた“どん底の日々” 26歳の王者が、後輩たちに残したもの

沢田聡子

記者会見で語った「苦しみの日々」

羽生結弦「どん底まで落ち切って、自分がやっていることがすごく無駄に思える時期があって」 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

「僕が言うのも恐縮なんですけど、本当に昨年とは全然、(ジャンプの)成功率や体の切れが違うなと思いながら見ていて」と宇野が言うように、連戦による疲れを残していた昨年とは違い、今年の羽生はきっちりと全日本に照準を合わせてきた。ショート・フリーとも1位の完全優勝で、特に4本の4回転をすべて3点以上の加点を得る出来栄えで決めたフリーの完成度は際立っていた。圧倒的な力をみせて当然のように優勝した羽生だったが、記者会見では、コロナ禍により一人で練習することを余儀なくされた日々の苦しみについて語っている。

「率直に、今回一人、コーチ不在ということで長い間練習してきて、練習の間に足痛くなったりとか、精神的に悩んで苦しい日々だったりとか、そういったものももちろんありました」

「どん底まで落ち切って、自分がやっていることがすごく無駄に思える時期があって」

「そもそも4回転アクセルって、跳べるのかとか。でも、僕の中に入ってくる情報は、みんな上手くなっていて、なんか一人だけ取り残されているっていうか。一人だけただただ、暗闇の底に落ちていくような感覚があった時期があって。なんかもう『一人で嫌だ』と思ったんですよ。『一人でやるのはもう嫌だ、疲れたな、もう止めよう』って思った」(羽生)

26歳のベテランであることをマイナスにとらえるのではなく、長年の経験を生かしたいい練習ができるようになったと会見で語った 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 10月末頃まで苦しい時期が続いたという羽生は、コーチたちにメールで相談することができるようになり、26歳のベテランであることをマイナスにとらえるのではなく、長年の経験を生かしたいい練習ができるようになったと述べている。

「トリプルアクセルすら跳べなくなった時期があったので、そこから比べたら今は大分成長できたのかなと思ったりはしています」(羽生)

 後輩たちの憧れの視線を受けながら完全優勝を成し遂げた羽生は、今までにない苦しみを経てこの全日本に向かっていたのだ。

 コロナ禍により人と人との接触が制限される今、厳重な対策を施して開催された今年の全日本選手権。葛藤の末に大会への参加を決め、苦しい時期を乗り越えた羽生の滑りは、試合に飢えていた日本男子たちの向上心を刺激する完成されたものだった。一人で戦う苦しみを乗り越えて優勝した羽生結弦の大きな背中を見た後輩たちが、日本男子の歴史を受け継いでいく。

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著者プロフィール

沢田聡子

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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