鍵山優真の滑りを支える“職人気質” 初々しいチャンピオン、リンクでは老成

沢田聡子

父とともに磨いてきた滑りが快進撃生む

初出場のGPシリーズ・NHK杯で優勝した鍵山 【写真:松尾/アフロスポーツ】

「どっちが裏か表か分からなくて……ちょっとそこで戸惑ってしまって、(メダルを)じっと見ていたんですけど、自分でメダルをかけた時に『優勝できたんだな』ってすごい実感が湧いてきて、とてもうれしく思いました」

 初出場のGPシリーズとなるNHK杯で優勝した17歳の鍵山優真は、メダリスト会見でそう話している。コロナ禍の中で開催されたフィギュアスケートのNHK杯では、表彰式も新しいやり方で行われた。メダリストはメダルをかけてもらうのではなく、自分で首にかける。まだあどけなさの残るチャンピオンは、メダルの裏と表を見分けるのに苦労していた。

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 表彰式で初々しさをみせた17歳はしかし、リンクに入ると一気に年を重ねたようなスケーティングを披露する。その印象は、優勝した昨季の全日本ジュニア選手権から変わらない。当時、鍵山の父・正和コーチとともに鍵山を教える佐藤操コーチは「まず、とにかく安定した滑りをジュニアのうちに身につけておこうという鍵山先生の教えがもともとあった」と語っている。

 鍵山が高校2年生にして既にスケーターとして熟達しているのは、1992年アルベールビル五輪・94年リレハンメル五輪の男子シングル日本代表である父が基礎のスケーティングを教え込んできた、幼少時からの年月の長さによるものだろう。父とともに磨いてきた滑りが、ジュニアからシニアデビューシーズンの今に至るまでの鍵山の快進撃を支えている。

 NHK杯ではショート首位に立ち、フリーの最終滑走者としてリンクに入った鍵山は、父から「常にチャレンジャーだから、思い切り最後までやってこい」と言われて送り出されたという。鍵山の強さは、全ての要素の質の高さにある。流れの中で跳び、着氷後も流れていく鍵山のジャンプは、演技の中に美しく溶け込む。

 このフリーで冒頭に跳んだ4回転サルコウは、4.07という非常に高い出来栄え点を得た。競技終了後、メダリスト会見で中央に座った鍵山は、出来栄え点が4点を超えたことをインタビュアーから聞き「本当ですか? マジですか? 俺見てないから分からない」と言葉を発している。出来栄え点が4.07だったことを知らされた驚きの表情は、少年そのものだった。

「感触的に、練習よりもすごく良いものが跳べた。その加点がもらえてすごくびっくりしていて、今回のフリーの4回転はどれもうまく跳べたので、良かったなと思っています」(鍵山)

3回転ルッツ−3回転ループにこだわり

 鍵山は4回転を2種類3本・3回転アクセルを2本組み込むフリーを、高い完成度で滑り終える。3回転ルッツからの連続ジャンプで、3回転を予定していたセカンドジャンプのループが1回転になったのが唯一のほころびだった。

 滑り終えたとたん17歳の笑顔に戻った鍵山だが、リンクサイドに戻りながら、失敗したセカンドジャンプ・ループの踏み切りを確認する動作をみせている。メダリスト会見でも、課題を問われた鍵山は「後半の(3回転)ルッツ−(3回転)ループの2本目が抜けてしまった。ルッツ−ループはすごく難しいジャンプなので、そこをもっと練習すること」とはっきりと答えている。4回転という大技だけではなく、実は跳べる選手がとても少ない3回転ルッツ−3回転ループにこだわりをみせるのも、鍵山の職人気質の表れだろう。

 メディアを含め観る者は、NHK杯の合計点275.87(非公認)が世界歴代5位相当であるという事実によって鍵山のスケーティングの質の高さを再確認しただろう。しかし、会場での優勝者インタビューで合計点について問われた鍵山は、次のように答えている。

「まだ実感がなくて……あんまり点数のことは気にしていなくて、『演技にひたすら集中しよう』と意識していたので。今日はノーミスに近い演技ができて、とても良かったと思っています」

スケーティングの基準は、自分の中にある

「僕は結果よりも内容重視」と語る鍵山。羽生結弦、宇野昌磨などが出場予定の全日本選手権でも、自らの演技に集中する 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 鍵山の点数にこだわらない姿勢は、シニアデビュー戦となった10月上旬の関東選手権でもうかがえた。合計得点287.21(非公認)が世界歴代5位相当であることをインタビュアーから聞かされた鍵山の反応は、「なんか、うーん……うれしいのかな。うれしいと言えばうれしいですけど、あまり意識してなくて、点数は」というものだった。

「今回は本当に、演技だけにすごく集中しようとしていたので。合計得点も自己ベストを更新できたのはすごくうれしいんですけど、そこまで意識はしていなかったですね」(鍵山)

 幼少時からオリンピアンである父に、良いスケートとはどういうものかを教え込まれ、体で覚えてきた鍵山は、その基準を得点に求めていないのかもしれない。

 NHK杯のメダリスト会見で、全日本選手権では羽生結弦、宇野昌磨らを相手にどんな試合をしたいか問われた鍵山は、次のように答えている。

「まずは、自分の演技に集中することが一番だと思う。もちろん優勝は目指していますけど、その前に良い演技をしないと優勝することはできないので。いい演技をしても優勝できない可能性はもちろんあるんですけど、でも僕自身は結果よりも内容重視なので、ショートもフリーも完璧な演技ができるようにしたいなと思っています」

 基準を他者や評価ではなく自らの中に置く鍵山は、だからこそ自分に集中して試合に臨めるのだろう。まだあどけない鍵山の中には、究極を目指す成熟したスケーターが潜んでいる。
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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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