連載:キズナ〜選手と大切な人との物語〜

中止、引退…幾多の試練を乗り越えた先に 芽生えた大切な絆が、磐城高の未来を紡ぐ

瀬川ふみ子
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選手たちを笑顔にした、新監督の第一声

渡辺純・新監督(後列左)、後藤浩之・新部長(前列右)が率いる磐城高野球部は新しいスタートを切った 【撮影:白石永(スリーライト)】

 木村保監督が去った磐城高グラウンドのホワイトボードには、こう書いてあった。

「春の意地 譲らない夏」

 これは、春の甲子園が中止になり、さらに木村監督が異動になってしまい、岩間涼星主将が「悔しいけど、夏に向けて頑張っていこう。夏の甲子園に、保先生を始め、定年になった阿部(武彦)校長、千葉に異動した大場(敬介)部長の3人を連れて行くぞ」と仲間と話し、その決意として書いた文字だった。
 
 決意はしたものの、新年度を迎えるにあたって、選手たちは不安でいっぱいだった。エースの沖政宗がこう言う。

「僕たちの中ではお世話になった3人の先生を夏の甲子園に連れて行く気持ちが大きいのに、新年度からは新しい監督が来る。新しい監督はそれをどう思うだろうか、うまくやっていけるのだろうか、保先生を甲子園に連れて行きたいという気持ちを封印して戦っていかなければならないのだろうか……そういう不安がすごくありました」
 
 そんな中、桜が満開になった4月2日、いわき光洋高から磐城に異動してきた渡辺純・新監督がやってきた。選手たちを前にして、渡辺監督はニコニコしながら言った。

「まず、あいさつとかの前に、俺もここの学校のOBなんだけどぉ。このたびは、秋から春にかけて、磐城OBに夢というか、希望というか、与えてくれて、ありがとうございました!」
 
 新監督との対面に、ガチガチになって構えていた選手たちだったが、第一声を聞いて顔が緩んだ。理由の一つは、「僕らの先輩なんだ」と分かったこと。もう一つは、実にいい感じで、なまっていること。一気に親近感がわいたところに、渡辺監督はさらに続けた。
 
「俺も保先生を甲子園に連れて行きたいっていう気持ちは一緒だから」

 この言葉に、選手全員がホッとした表情を見せた。

「純先生にあの言葉をいただいて、僕らは『気持ちを切り替えなくていいんだ』『今まで通り、3人のためにやっていいんだ』と思えて、不安が消え、前を向けたんです」(沖)
 
 渡辺監督は、練習も前任の木村監督がやってきた、選手の自主性を重んじるスタイルを引き継いだ。部訓もそのまま、「PLAY HARD 〜全力疾走・全力プレー〜」。

 選手たちは、今までと変わらないスタイルで練習し、渡辺監督と、渡辺監督の2年後輩――つまり、これまた選手たちの先輩にあたる後藤浩之部長という、気さくで話しやすい兄貴的存在の指導者と一緒に、「木村前監督、大場前部長、阿部前校長の3人を夏の甲子園に連れて行く!」という形で前に進み始めた。

主将の願い「最後まで全員一緒に戦いたい」

「春の意地 譲らない夏」という決意を胸に、空中分解しかけたチームを一つにまとめる岩間主将 【撮影:白石永(スリーライト)】

 だが、夏に向けて一つになっていたチームを、新型コロナウイルスが再び脅かす。
 
 感染拡大が収まるところを知らず、4月7日に緊急事態宣言が発令。学校は再び休校になり、それぞれが自宅近くで自主練をすることになった。5月14日に緊急事態宣言は39県で解除されたが、その直後に「夏の甲子園、中止へ」というニュースが流れ、世間がザワつく。
 
 そして5月20日、夏の甲子園は、無情にも本当に中止になってしまった。
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