連載:逆境に立ち向かう球児たち

「甲子園ではなく野球を愛せ」の部訓 おかやま山陽高指揮官の信念と葛藤

高木遊

堤監督は選手として東北福祉大でプレー。卒業後は青年海外協力隊での活動やスポーツマネジメント会社勤務を経て、2006年からおかやま山陽を指揮している 【写真:高木創】

 2006年に就任した堤尚彦監督のもとで17年夏に甲子園初出場、18年春にもセンバツ初出場を果たした私立おかやま山陽高校。NPBにも本格派右腕の藤井皓哉(広島)を輩出している。

 堤監督の経歴は実にユニークだ。選手としては芽が出なかったが都立千歳高(現・都立芦花高)から一浪を経て東北福祉大でプレー。大学卒業後は青年海外協力隊としてジンバブエ、ガーナ、インドネシアで指導。プロゴルファー・諸見里しのぶらのマネジメント会社を経て高校野球の監督に転身したが、昨年は東京五輪予選に出場したジンバブエ代表監督も兼務した。

 そんな異色の国際派指揮官が率いる同校も、このコロナ禍によって今年に入って3回、活動休止を経験した(全国一斉休校措置が決まったことにより3月2日〜24日、近隣地域で感染者が出たことにより同月27日〜4月2日、そして緊急事態宣言が全国に拡大したことにより4月17日から)。

「こんなにユニホームを着なかった時期は監督になってから初めて」というほど、野球をしていた日常は奪われた。

今だから感じる、高校野球のあるべき姿

 おかやま山陽高校硬式野球部には66カ条にもなる「部訓」がある。堤監督が最も大事にしていることが、部訓の前文において端的に示されている。

「人間がその短い人生の中で腹の底から大好きなことが見つかったならば(中略)それに関係する生活の全てにおいて、無理することなく謙虚に素直に向き合えると信じています。こういうことが理解できる仲間と もがき苦しむ3年間であって欲しいと思います」(一部抜粋)

 そして、そのあるべき姿を書いた66カ条の中の14条にこんな言葉がある。

「甲子園を愛しているのではなく、野球を愛している」

 今、この言葉の重みをいつも以上に感じているという。

「4月の上旬でしたかね。検温で熱が高くて帰らせた子がいるんですが、“野球がしたい”と泣きながら電話してきてね。毎日練習ができる環境だったら、そんな感覚になれないじゃないですか。この先どうなるか分からないですが、野球を愛することはブレないでいてくれたらなと思います」

来日したジンバブエ代表選手を迎える堤監督(写真中央) 【写真:高木遊】

 こんな状況下だからこそ皆が感じていることだろう、「野球が大好きだ」と。そして、選手たちの今の思いは甲子園よりも、まずは「みんなで野球がしたい」ということ。そんな思いを選手たちは、オンライン上で交わすことになった堤監督との野球日誌に記しているという。

“近所の仲間とキャッチボールをしました。やっぱり1人でやるより2人でやる方が楽しい……でも、みんなでやる方がもっと楽しいと思います”

 堤監督は言う。

「野球は1人の大活躍で勝ててしまうこともあるスポーツです。でも、出ている9人で勝った方が面白いし、ベンチも含めた18人で勝った方が面白いし、スタンドも含めた100数名で勝った方がもっと面白い。それより学校も喜んでくれたら、さらに地域の方々も喜んでくれたら、もっと楽しいし嬉しいですよね。夏に甲子園へ行けた時の県の決勝戦は特にその応援の力、幸せを感じた。そういう高校野球の根本を、今はみんなが孤独になったことで感じているんですよね」

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著者プロフィール

1988年、東京都生まれ。幼い頃よりスポーツ観戦に勤しみ、東洋大学社会学部卒業後、スポーツライターとして活動を開始。関東を中心に全国各地の大学野球を精力的に取材。中学、高校、社会人などアマチュア野球全般やラグビーなども取材領域とする。

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