連載:逆境に立ち向かう球児たち

「甲子園ではなく野球を愛せ」の部訓 おかやま山陽高指揮官の信念と葛藤

高木遊

“彼らの高校野球を死なせてあげる”場所を

2018年、豪雨被害の際は夏の大会期間中から積極的なボランティア活動に励んだおかやま山陽ナイン 【写真:高木遊】

 14日に緊急事態宣言が岡山県で解除され、15日からは選手たちがグラウンドに戻ってきた。とはいえ部員を4グループに分け、各グループ2〜3時間、週2回の自主参加練習だ。思う存分野球ができるのは、まだ少し先となりそうだ。また、この日「甲子園中止の方向で調整」との一部報道も出た。

「未来のことは誰にも分からないから。分からないことを考えたら悩むだけ。考えても仕方ない。大会前もそうじゃないですか。勝てるかな? 負けるかな? なんて考えても、誰にも分からない。それだったら今できることをね」

 以前からこうした旨のことをよく話す堤監督だが、それはこの状況下でも同じだ。そして「今できること」の1つに、「今いるこのグラウンドを大切にすること」を挙げた。

「いつも部員に言っているのは、“このグラウンドが自分たちの甲子園なんだよ。だから大切にしよう”ということ。OBがここに帰ってくる時は、大抵良いことがあった時か悪いことがあった時なんですよ。なぜか? ここが一番大事だから。3年間一生懸命やった自分の原点があるからですよ。広島に行った藤井も毎年ここに来ますよ」

「未来のことは分からない。今できることを」と話す堤監督。その1つに「今いるこのグラウンドを大切にすること」を挙げた 【写真:高木遊】

 活動休止期間中。堤監督ら指導陣も選手たちがグラウンドに戻ってきた時にビックリさせてやろうと、ネット修理・バックネットのワイヤーのたるみ補修・ゲージ類の溶接修理・ペンキ塗りなどを行い、選手たちの帰りを待った。

 部訓の34条にはこんな言葉もある。

「成功の反意語は、不成功や失敗ではなく、"挑戦しないこと、逃げること、言い訳すること、誤魔化すこと"だ!」

 だからこそ、3年生たちの最後の夏は何らかの形で挑戦をさせてあげたいと強く願う。

「たとえ甲子園が無くても、県大会だけでもできたらいいなと思いますね。甲子園に出られるのは1校だけですが、 “彼らの高校野球を死なせてあげる”場所は与えてあげないと。生きているのか死んでいるのか分からず、いつの間にかフェードアウトではね」

 誰も歩んだことのないような道を歩んできた堤監督だけに、普遍で泰然自若とした印象がある。ただそんな指揮官でも今回は葛藤を隠しきれなかった。

 そしてその葛藤は、野球を愛する部員、指導陣がいるからこそ、より深くなっている。

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著者プロフィール

1988年、東京都生まれ。幼い頃よりスポーツ観戦に勤しみ、東洋大学社会学部卒業後、スポーツライターとして活動を開始。関東を中心に全国各地の大学野球を精力的に取材。中学、高校、社会人などアマチュア野球全般やラグビーなども取材領域とする。

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