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田口成浩「Bリーグとの関係が深まった」
選手会長として奔走した1カ月

 新型コロナウイルス問題は選手、クラブ、リーグの三者を難しい状況に追い込んだ。それぞれが特に難しい対応を強いられた時期は、3月27日にBリーグの2019-20シーズン中止が発表されるまでの15日間だ。


 Bリーグは無観客によるリーグ戦再開へと動いていたが、11日(日本時間12日)にNBAが急きょシーズンを中断。外国籍選手を中心に試合開催への抵抗感が強まった。14日の川崎ブレイブサンダースvs.レバンガ北海道、15日の千葉ジェッツvs.宇都宮ブレックスと2試合が中止となり、「不安が残る中での試合実施」を疑問視するコメントも選手やヘッドコーチから発信された。


 日本バスケットボール選手会はそれぞれの不安を受け止め、考えを集約し、リーグに橋渡しする役割を果たした。もちろん立場の違いによって生まれる温度差があり、不安は今も残っている。しかし15日以後はクラブやリーグとお互いを非難し合う、足を引っ張り合う状況に陥ることなく、信頼関係を保っている。そこは今後につながる希望と言っていいだろう。


 今回は田口成浩選手会長(千葉ジェッツ)にインタビューを行った。選手会の組織、14日夜と15日午前の動き、そして今考えることについて語ってもらっている。

三代目の日本バスケットボール選手会長の田口成浩。二代目の竹内譲次会長からの指名で就任した
三代目の日本バスケットボール選手会長の田口成浩。二代目の竹内譲次会長からの指名で就任した【スポーツナビ】

――日本バスケットボール選手会のホームページを見ると「普及・発展」「社会貢献活動の推進」など5つの目的が記載されています。具体的にはどのような活動をされてきたんですか?


 今回のような出来事が起こる前は、シーズンオフの活動がメーンでした。選手会長を中心に、副会長と、監事という(ベテランの)レジェンド的な方がいます。オールスターの前日に集まって食事をしながら「どうする?」と企画を練る流れです。そうやって集まれないときはオンラインの電話、グループLINEで「このオフはどこに行って何をしたいか」と案をもらって、「こう進めよう」と話し合ってやっています。チャリティー、普及活動がメーンです。


――選手会は2013年9月に岡田優介選手(初代会長/現京都ハンナリーズ)を中心に設立されて、二代目の会長は竹内譲次選手(現アルバルク東京)でした。田口選手はどのような経緯で会長になったんですか?(※就任は19年11月25日)


 会長は基本的に3年ごとで変わっていて、世代交代です。新会長を決めるときに、譲次さんから「やってくれないか」と声をかけていただきました。自分でいいのか? という不安がすごく強くて、「荷が重すぎます」とは言ったんですけれど、「お前しかおらんねん」と。理由はいろいろなチャリティー活動、ミーティングへ積極的に参加してくれたということだったので、それを見てくれたのはあるかもしれません。


――リーグやクラブと「戦う」意識はありますか?


 引き継ぎのときに「なぜ選手会があって、これを続けているのか」という説明がありました。選手が足並みをそろえて、未来の選手のために頑張っていこうという話でした。戦うというより、頼みの綱という考えでいます。例えばもし給与の未払いがあれば、選手会に言ってもらって、選手会でリーグに問いかけようというイメージです。

「選手会へSOSがあった」

――2月後半から新型コロナウイルスの問題が深刻化しました。その時期から選手会の内部、対選手ではどういうコミュニケーションがありましたか?


 NBAの中断が決まった前日(3月11日)に、チャリティーの話も含めて監事と会長、副会長でオンラインの会議をやったんです。そのときは「リーグがこうしてくるよね」「こうしてきたら対応しよう」という話し合いで終わっています。ただ、NBAの中断が決まってから選手の気持ちは変わったと思います。(※NBAの中断決定は3月11日/日本時間3月12日)


――リーグ戦は3月14日に一旦、無観客で再開しました。


 土曜日に川崎vs.北海道の中止がありました。そのとき「こういうことではよくない」「不安な気持ちでプレーしている選手がいっぱいいる」といった、選手会へのSOSがありました。


 選手会の役員以外に、1部・2部の各チームを代表してもらっている「リーダー」という存在がいて、LINEのグループトークに60人弱が入っています。全体の話を聞かないとダメだと考え、「いま選手がどういう気持ちで、チームがどういう状況か」を、分かる範囲で書いてくださいというアンケートを取りました。僕がLINEで発信して、選手会でまとめて、その日のうちに提出したんです。


――川崎vs.北海道の中止決定は18時過ぎでした。それから夜に慌ただしく動いたんですね。


 土曜の夜はずっと電話で幹部とコミュニケーションを取って、LINEに流して、アンケートが集まって出したのは22時から24時の間だったはずです。早く案を出さなければいけないと急ぎました。「こういう気持ちの選手がいる。不安になっている」とリーグに伝えたかった。


 正直、次の試合もやらない方向でお願いしたい選手もいただろうと思います。不安な気持ちと、中止が起こっているスッキリしない状況はよくないといった考えです。アンケートを提出して、次の日にはリーグが再度ミーティングをしてくれました。日曜日の試合前は、自分に電話が来ました。

大島和人
大島和人

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都町田市に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、バレーなどの現場にも小まめに足を運び、試合観戦数は毎年300試合を超える。日本を実はサッカーだけでなくバスケ強国であるスペイン、バレー王国・ブラジルのような球技大国にすることが一生の夢で、“球技ライター”を自称している。

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