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J1の誘いを蹴って“心のクラブ”栃木へ
明本考浩は誰よりも走り、闘うルーキーだ
開幕スタメンを飾った長崎戦では、右サイドハーフとして88分までプレー。果敢に1対1の突破を仕掛け、プレスの起点となり、攻守両面でルーキーらしからぬ存在感を放った
開幕スタメンを飾った長崎戦では、右サイドハーフとして88分までプレー。果敢に1対1の突破を仕掛け、プレスの起点となり、攻守両面でルーキーらしからぬ存在感を放った【(C)J.LEAGUE】

 栃木SCのアカデミーで育った明本考浩を変えたのは、「挫折」だった。トップチーム昇格の夢が叶わず、その後に進学した国士舘大でハードワークの大切さを学んだことで、大学屈指のMFへと成長を遂げたのだ。今季開幕戦ではスタメン出場を飾り、堂々たるプレー。J1クラブの誘いを断り、“心のクラブ”へと帰ってきたルーキーが、チームにもたらすものは小さくない。

国士舘大への進学が大きな転機に

 幼少期には兄の背中を追うようにボールを蹴っていた。栃木SCジュニア時代には栃木県グリーンスタジアムに何度も足を運び、トップチームの応援に精を出した。出身は宇都宮のど真ん中。生粋の“宮っ子”である。


 栃木SCユースでは10番を背負い、憧れのトップチームに昇格することを夢見ていた。必ず昇格できると信じていた。だが、結果は不合格だった。


「昇格できないと判断されて、悔しかったし、なんでだろうという思いはありました」


 あれだけ愛着のあった黄色いユニフォームを見るのも、しばらくは嫌になった。鬱屈(うっくつ)した思いはやがて、「見返してやる」というリベンジの気持ちへと昇華していく。その後、進学先に選んだのは国士館大だったが、それが明本考浩にとって大きな転機となった。


「今思えば、ユースの頃は全然走れていなくて、攻め残って攻撃ばかりやっているような選手でした。でも、いざ国士館大に入ったら、それでは全然通用しなかった。自分からボールを奪えないとダメだし、自分から動かないと何もできないと痛感させられたんです。それからは意識を変えて、とにかく走ろう、と。国士舘大もそういう練習がかなり多いんです。対人やフィジカルで負けないように順応しようとする中で、いつしか強くなっていた」

お世話になったクラブに恩返しを

 必死にもがき続ける中で、大学4年時にはユニバーシアード代表に選ばれる。それまで年代別の代表とは無縁だっただけに、本人もまさかの選出だった。


「最初は絶対にてこずると思っていたんです。大学でもレベルの高い選手たちが集まっていたので、足を引っ張らないようにしないとなって。でも、ピッチに入ってみたら意外とできてしまった」


 ユース時代から左足の技術には自信があった。そこに国士館大で鍛えたフィジカルや運動量が加わり、明本はいつしか“闘えるボランチ”として大学屈指のレベルにまで成長を遂げていた。そして、昨年イタリア・ナポリで行われたユニバーシアード大会で優勝を飾った代表チームでも、明本は欠かせない存在だった。


「それまで自分はタイトルとは無縁だったので、キャリアで初めて頂点をつかみ取れたことは自信になりました。自分の価値を高められたと思うとうれしかった」


 これを境に明本の注目度は一気にアップする。ユニバーシアード代表の仲間と同様、J1のクラブから声を掛けられる機会も増えていった。だが、明本の心がひとつのクラブから離れることはなかった。まるで自分の身体の中に流れる血が、ふつふつと騒ぐように。


「栃木のスタッフが、大学でプレーする自分を早くから見に来てくれて、何度も声を掛けてくれました。お世話になったクラブに恩を返したい。そんな素直な気持ちがあったから、すぐに決めました。強化担当の方の熱意もすごく伝わってきたんです」


 年が明けると、明本の姿は地元・栃木の練習グラウンドにあった。そして、そこで彼は誰よりも走り、誰よりも球際で闘うなど、らしさを存分に見せつけたのだ。

廣瀬浩二から受け継いだ「背番号8」

 迎えた2020年シーズンの開幕戦は、まさしく“一発回答”だった。スタメンに起用されると、質の高いV・ファーレン長崎の選手に対しても、まるで臆することなくプレー。ボールを運び、仕掛けて突破し、守備では個の力でボールを奪い取る。チームは0-1で敗れたが、明本自身はルーキーらしからぬ存在感を放っていた。


「1対1の突破が通用したのは自信になりますが、まだまだ。チームが上に行くには結果が必要。個人としてもゴールに絡んで、結果を残さないといけないと思っています」


 手応えはあったが、あくまで通過点であることもしっかりと理解していた。今シーズンの栃木が目標とするのは、縦に速い、リバプールのごとく相手に襲い掛かるようなサッカーだが、開幕戦で見せた明本のプレーは、目指すスタイルとの親和性を感じさせた。


「自分の強みとしては、ボールを奪うこと、攻守の切り替えの速さ、あとは運動量の豊富さも見てほしい。プレー可能なのはボランチ、それから大学3年生の時は右サイドハーフもやっていたし、サイドであればチームのプレッシングのスイッチになれる。そこで自分がキーマンになれればと思っています」


 充実一途の明本は、そう言って表情をほころばせた。


 今は実家から練習グラウンドに通い、ときに古くからの友人たちと連絡を取り合うなど、周りの人たちにも支えられながら、サッカーに打ち込めている実感がある。


「それだけに、グリスタで結果を残さないといけないと思っています。スタメンで試合に出続けて、そのうえでチームを少しでも上の順位に持っていけるように精いっぱい頑張ります」


 明本の背番号は「8」。昨シーズン限りで引退した、クラブのレジェンド的存在である廣瀬浩二から受け継いだものだ。


 名実ともに栃木の顔に――。そうなれる可能性は十分にある。


(企画構成:YOJI-GEN)

鈴木康浩

1978年生まれ、栃木県宇都宮市出身。ライター・編集として活動。著書に松田浩氏との共著『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』『詳しいことはわかりませんが、サッカーの守り方を教えてください』(いずれもカンゼン)がある。2015年12月に有料webサイト『栃木フットボールマガジン』をスタートし、栃木SCにまつわる人々の記録を続けている。

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