プロ野球ファンが記すシーズン開幕への思い 平穏な日常の象徴をただ、待っている

中溝康隆

無観客試合のままオープン戦を終了したプロ野球。本来の開幕日だった20日からは「練習試合」と称して、引き続きファンの声援がない状態での試合が続く 【写真は共同】

 超満員の観衆、声を張り上げる応援団、スタンドを駆け回るビールの売り子の姿……。 

 2019年に撮影された、東京ドーム周辺を記録したDAZNのジャイアンツドキュメンタリーを観ると、妙に懐かしい気分になった。わずか半年の間に球場の風景や社会情勢は激変してしまった。コンビニへスポーツ新聞を買いに行ったついでに、マスク入荷してるかな……なんて思ってしまう己の心の余裕のなさに向き合う令和2年の春である。

 今シーズンは新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、プロ野球オープン戦は史上初の無観客で全試合開催。3月20日に予定されていたセ・パ両リーグ公式戦の開幕も延期となった。残念ながら、苦労して確保したチケットも返金手続きだ。これからしばらく各球団は練習試合を行い、開幕を待つことになる。

無観客のオープン戦に感じた違和感

 それにしても、オープン戦は無観客でも放送してくれて良かったと感謝する一方で、やはり映像を観ながら違和感は最後まで消えなかった。

 見慣れた球場のスタンドだけが無人の風景。緊張感はあれど、歓声がないプロ野球というのはエンタメ性が薄れ、異様にマニアックなジャンルに見えてしまう。プロレスで言ったら、道場でのスパーリングのような攻防だ。欧州サッカーのUEFAチャンピオンズリーグでは、バレンシア(スペイン)のホーム戦でスタジアム内に録音された観客の声援が流されていたが、よほど熱心な野球ファンじゃなければ無観客ゲーム(しかも調整段階のオープン戦)を集中して1試合を通して画面越しに視聴するのは難しいのではないだろうか。

 あらゆるスポーツにおいて、スタンドに映る観客というのは、テレビやスマホの前で試合を観るファンの分身でもある。いわゆるひとつの「アイツはオレで、オレはアイツ状態」。高く舞い上がる白球への球場の大歓声や絶叫は、そのまま視聴者の感情の動きだ。テレビ観戦のモチベーションを引っ張ってくれる“ペースメーカー”と言っても過言ではない。だから、大好きなチームの選手がプレーしているのに、ファンの反応なき無観客試合は画面の中でどこか他人事のように感じられてしまう瞬間があった。

 もちろん、見ているファンだけでなく、選手側も違和感はあっただろう。しかも、延期となった開幕日すらまだ決定していないのだから。東北楽天のように無観客試合を9勝1敗1分と大きく勝ち越した球団もあれば、巨人はオープン戦9連敗で2月24日の広島戦から3月15日の楽天戦まで13試合白星なし。16試合、2勝10敗4分、勝率.167の最下位で終えた。

 復活を期すベテラン中島宏之が打率.351、4本塁打、6打点の活躍……と例年なら、これを元に「今年の巨人は大丈夫か?」的なシーズン順位予想へと盛り上がるのだろうが、ワンクッションおいて開幕は最短でも3週間以上先になりそうだ。

今年ほど野球に飢えるシーズンはない

平穏な日常の象徴であるプロ野球。今はただ、その日常が訪れるのを待つだけだ 【写真は共同】

 いわば、これから「空白の1カ月弱」をどう過ごすか? というのは今のスポーツファン共通のテーマでもある。個人的に野球がない日はプロレスやサッカー観戦に出かけるのが毎年恒例だったが、今はそれもかなわない。かと言って、テレビやネットでコロナ関連の情報を追いかけすぎると気持ちが沈む。というわけで、最近は録画してあったG+の「松井秀喜、東京ドーム全本塁打集」みたいな映像集をよく観る。 

 2020年の今見ても、背番号55のスイングスピードと飛距離は圧倒的だ。何も考えず、キャラメルコーン片手に画面を眺めているだけで元気をもらえる。いつの時代もホームランは明日へのガソリンだ。そう、自分は当たり前に過ぎゆく毎日を生き抜く元気を、プロ野球からもらっていたのだと痛感する。 

 われわれが143試合に勝った負けたと一喜一憂できるのもベースの日常生活があってこそ。ある意味、プロ野球は平穏な日常の象徴なのである。 

 焦っても仕方がない。ただ、待っている。あのいつものペナントレースが帰って来ることを待っている。センバツ高校野球も中止、MLBも開幕延期。今年ほどファンが野球に飢えているシーズンは記憶にない。だからこそ、プロ野球の開幕が心から楽しみだ。 

 それじゃ、皆さん近い内また球場で。 

 See you baseball freak……

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。デザイナーとして活動中の2010年10月に開設したブログ『プロ野球死亡遊戯』が、累計7000万PVを記録するなど、野球ファンのみならず現役選手の間でも話題に。ほぼ日刊イトイ新聞主催『野球で遊ぼう。』プログラムに寄稿、『スポーツ報知 ズバッとG論』『Number Web』コラム連載を行うなど精力的にライター活動を続けている。『文春野球コラムペナントレース2017』では巨人担当として初代日本一に輝いた。主な著書にベストコラム集『プロ野球死亡遊戯』(文春文庫)、最新作『原辰徳に憧れて-ビッグベイビーズのタツノリ30年愛-』(白夜書房)などがある。

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