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胸にしみた石井一久の「らしい」追悼
気になる今週の球界のハナシ

 球界のさまざまな話題を漫画家・カネシゲタカシさんが紹介する当連載。今回は、11日に亡くなった野村克也さんの追悼コラムをお送りいたします。漫画家のカネシゲさんならではの“いじり”で野村さんをしのびます。

石井GMの追悼コメントに思う関係性

ガチギレする監督をみながら冷静すぎる感想を抱く若き日の石井一久氏
ガチギレする監督をみながら冷静すぎる感想を抱く若き日の石井一久氏【カネシゲタカシ】

 野村克也さんが亡くなりました。キャンプ中のプロ野球界にも激震が走り、追悼コメントが次々と出されましたが、ちょっと異色だったのが東北楽天・石井一久GM。


 ノムさんの自宅を弔問した石井GMから報道陣に披露されたのは、自身が投手としてヤクルト・野村監督のもとでプレーした若き日のエピソードでした。ふがいないピッチングをした試合後に監督室に呼び出され、「俺をなめてんのか!」とイスを蹴り上げ、叱られたそうです。


「あの時だけは動きも速くて、見たことない形相で聞いたこともない言葉遣いだった」

「ああ、こういう動きもできるんだと思った。温厚なのに野球には熱い方だった」

「あのイスの飛距離とともに一生忘れません」(すべて「スポーツ報知」2月11日付より)


「ああ、こういう動きもできるんだ」って、怒られてんのに超冷静。事態を俯瞰的にみる能力はGMの素質ありです。あと野球への情熱を「イスの飛距離」で表現されても……。


 しかし、ノムさんを「父親みたいな存在だった」と語った石井さん。その冗談めかした追悼コメントから、二人の関係がより近く、より良いものだったことが想像できます。かえって胸にしみました。

ノムさん・仙さんフィーバー そんな二人が鬼籍に

 僕のなかのノムさんの思い出で最も印象深いのは、やはり1999年、阪神・野村監督誕生で巻き起こった「ノムさんフィーバー」です。


 僕の手元には99年開幕前に「月刊タイガース」の宣伝用に配られたノムさんのポストカードがあります。真新しいタテジマのユニフォームに身を包み「いくぞ」とばかり正面を指差す野村新監督。「あの名将が弱小タイガースに!?」という当時の関西の熱狂に応える堂々たる姿です。

99年、野村新監督の勇姿。ちなみにまだ阪神で1試合たりとも指揮をとっていません
99年、野村新監督の勇姿。ちなみにまだ阪神で1試合たりとも指揮をとっていません【カネシゲタカシ】

 かつて自らをひっそりと咲く月見草に例えたノムさんですが、この頃の人気の瞬間最大風速は王貞治さん、長嶋茂雄さんをはるかに凌駕(りょうが)していました。しかし皆さんご存知のとおり、阪神での監督成績は3年連続最下位。最後はサッチーこと野村沙知代夫人の脱税問題の影響を受けて辞任という寂しい結末を迎えます。


 その後、阪神ファンの心の傷はさっそうと現れた星野仙一監督がガッチリ埋めきるわけですが、2003年のリーグ優勝も、ノムさんが築いた土台があってこそ成し遂げられたわけです。


 そういえば星野さんも蹴ってたな、藤本敦士の座ってるベンチのイス。あのとき藤本が浮き上がった数センチは、ノムさんが蹴飛ばしたイスの飛距離に換算して何メートルなんでしょうね。そんな健脚だったお二人も、いまはそろって鬼籍に。信じたくない事実です。

カネシゲタカシ
カネシゲタカシ

1975年生まれの漫画家・コラムニスト。大阪府出身。『週刊少年ジャンプ』(集英社)にてデビュー。現在は『週刊アサヒ芸能』(徳間書店)等に連載を持つほか、テレビ・ラジオ・トークイベントに出演するなど活動範囲を拡大中。元よしもと芸人。著書・共著は『みんなの あるあるプロ野球』(講談社)、『野球大喜利 ザ・グレート』(徳間書店)、『ベイスたん』(KADOKAWA)など。

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