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中村憲剛、復活への道
そのとき中村憲剛は何を考えていたのか
診断結果を聞いて発したひと言

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試合後のロッカーでよぎった軽傷の思い

39歳の誕生日を迎えて最初の公式戦となったJ1第30節。川崎フロンターレの中村憲剛は人生最大のケガに見舞われた
39歳の誕生日を迎えて最初の公式戦となったJ1第30節。川崎フロンターレの中村憲剛は人生最大のケガに見舞われた【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 2019年11月2日、川崎フロンターレの中村憲剛は、39歳になって初めての公式戦を戦っていた。


 ホームである等々力陸上競技場にサンフレッチェ広島を迎えたJ1第30節、川崎は1-0でリードして試合を折り返す。


 後半18分だった。ボールを奪いに行こうとプレスをかけた中村は、相手選手と接触すると、左膝を抱えるようにして転倒する。起き上がることができず、そのまま担架に乗せられ、ピッチを後にした。


「相手とぶつかって倒れるときに、自分の体からものすごい音が聞こえたことと痛かったことくらいしか、ピッチでのことは覚えていないんですよね」


 その状況に、自分自身でも大ケガを覚悟した。ただ、ロッカールームに戻ると、少しばかり疑問符が浮かんだ。

「普通に歩けたんですよね。歩いてみたら、何事もなかったように痛みもなかったんです。アイシングをしているときは、ちょっとだけ膝の感覚が変だなというのはあったんですけど、膝の曲げ伸ばしをしてみても痛くはない。だから、もしかしたら軽症なのかもしれないなって……」


 ロッカールームにチームドクターの岩噌弘志が来ると、すぐに確認をすることになった。中村はベッドに仰向けになると左膝を触られた。


「これはどう?」


「いや、大丈夫です……」


「こうするとどう?」


「いや、痛くないです……」


 触診に加えて、左膝を曲げたり、伸ばしたりしながら確認作業が進んでいく。試合中に相手選手と接触したときは、あれだけ激痛が走った左膝に痛みがない。中村の気持ちは、再び「軽症なのではないか」という考えに傾いていった。


「最後にもうひとつ、チェックするね」


 いくつかの確認作業を終えたドクターが、最後に、と言って膝を縦に動かす。そして、こう言った。

原田大輔

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。

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