連載:井上尚弥、さらなる高みへ

ドネアを信奉する日本人ボクサーの告白「憧れであり、アイドルであり、教科書」

船橋真二郎

WBSS決勝を誰よりも複雑な思いで……

ドネア(写真)を信奉し、スパーリングパートナーにも選ばれた日本人ボクサーがいる 【写真:ロイター/アフロ】

 11月7日、さいたまスーパーアリーナで行われるWBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)バンタム級トーナメント決勝戦。日本が誇る“モンスター”WBA・IBF同級王者の井上尚弥(大橋・18勝16KO無敗/26歳)が、世界5階級制覇の“レジェンド”WBA同級スーパー王者のノニト・ドネア(フィリピン・40勝26KO5敗/36歳)を迎える一戦を、誰より複雑な思いで見つめる日本人ボクサーがいる。

 元東洋太平洋スーパーフライ級、元日本バンタム級王者で世界にも2度挑戦した現WBO世界バンタム級2位の赤穂亮(横浜光・35勝23KO2敗2分/33歳)である。

 2015年3月には、フィリピン・マニラ近郊で行われた興行でドネアと共演。試合後には、自身のニックネームである“フィリピーノ・フラッシュ(フィリピンの閃光)”をもじって、赤穂を“ジャパニーズ・フラッシュ(日本の閃光)”と名付け、ドネア自ら率先して現地のメディアに紹介した。

 それが単なるリップサービスではなかったことは、試合までの1カ月、フィリピン・セブ島のALAジムで最終調整していた赤穂がドネアのスパーリングパートナーに抜てきされ、公開スパーリングの相手に指名されていたことからも分かる。
 以来、2人は親交を深め、もともと親日家のドネアが17年夏に来日。2カ月近く滞在した時にはトレーニングを横浜光ジムで行い、再びスパーリングで手合わせした。今ではプライベートで来日した際は食事をしたりすることもある。

「今回がドネアの最後の試合になるのかなっていう思いはあります」

 赤穂の言葉を待たずとも、そう見る向きは少なくない。01年2月のデビューから足かけ19年。世界戦だけでも通算21戦(17勝11KO4敗)の戦歴、獲得した世界王座は5階級にわたって合計9つと、偉大な足跡を残してきたドネアもすでに36歳。圧巻のKO劇で進撃を続ける「井上圧勝」の予想が大勢を占めている。

 赤穂も「尚弥の勝利は動かないと思うし、KOで決まると思います」と言う。それでも現状のドネアを理解した上で「周りが見てるような前半KOはないんじゃないかな」と続けた。

 長いキャリアの中でドネアが拳を交えた日本人ボクサーは、元WBC世界スーパーバンタム級王者の西岡利晃(帝拳)だけ(※2012年10月、ドネアの9回TKO勝ち)だが、恐らくは最も多くの時間、ドネアと向かい合った経験を持つ日本人ボクサー。井上とも、まだデビューする前からスパーリングで何度も手合わせしている。

 注目が集まる井上対ドネアのWBSS決勝を赤穂はどう見るのか――。

ダルチニアン撃破に「なんだ、コイツは」

ドネア信奉者として知られる赤穂。2017年夏、来日したドネアがスパーリングで使った“閃光”と刺繍されたヘッドギアやグローブが横浜光ジムに残されている。このうち“Filipino Flash”と入った8オンスグローブは赤穂に贈られ、練習で愛用 【船橋真二郎】

“出会い”は、まだ赤穂が21歳の頃だった。07年7月、24歳のドネアがアメリカ・ラスベガスでIBF世界フライ級王者ビック・ダルチニアン(オーストラリア)を5回TKOで下し、初の世界奪取を果たした出世試合を録画映像で見た。

 当時28勝22KO無敗を誇り、軽量級シーンで猛威を振るっていた豪腕サウスポーを代名詞となる左フックで痛烈に沈めた一戦は「ビッグ・アップセット(大番狂わせ)」と言われた。赤穂がジムにあったビデオを手に取ったのもダルチニアンが目的だったという。だが、試合が始まると、まだ世界的には無名の存在だったフィリピーノ・フラッシュの動きに釘づけとなる。

「あの頃のダルチニアンって、ほとんど相手をぶっ倒していて。ドネアのお兄ちゃん(グレン・ドネア)なんか、アゴを砕かれて棄権したんですよ(※公式の裁定ではバッティングとされ、負傷判定となるが、パンチとの見方が有力だった)。なのにドネアは1ラウンドからアグレッシブで、動きもキレキレで。『なんだ、コイツは』と思って」

 フィニッシュの5回。ダルチニアンが左アッパーを突き上げようと踏み込んだ刹那、ドネアが左フックを一閃する。仰向けにキャンバスに投げ出された全勝王者が立ち上がろうとして足に力が入らず、つんのめるように反対側のロープに突っ込んでいく姿は衝撃的だった。

 それから「ドネアのことは全部見ています」という言葉は大げさではない。試合を追いかけるだけではなく、練習動画をつぶさに見て研究したり、練習の時はジムのフロアにあるモニターにドネアの試合映像を流して目に焼きつけ、動きを取り入れたりもした。二十代の時期、そうして赤穂は自分のボクシングをつくり上げてきた。

 ドネアは「オレの憧れであり、アイドルであり、教科書」だった。

「攻防一体で、とにかく動きがなめらかですよね。自分から打って、攻めていくタイプと思われがちなんですけど、基本的には相手を誘って、打たせて打つカウンターパンチャー。スピードが速い分、後出しでもいいっていう」

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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