バスケW杯2019特集

バスケ日本代表のW杯惨敗を徹底検証
東京五輪までに解消できる課題はどこだ?

大会中に立て直しができなかった日本

日本は3連敗で1次ラウンドを終え下位グループに回ったが、その後も立て直しを果たせなかった
日本は3連敗で1次ラウンドを終え下位グループに回ったが、その後も立て直しを果たせなかった【Getty Images】

 日本は9日のモンテネグロ戦に65-80で敗れ、FIBAバスケットボールワールドカップ2019を5戦全敗で終えた。モンテネグロ戦は34得点を挙げた渡邊雄太(メンフィス・グリズリーズ)の奮闘もあり、第3クォーターの半ばに同点となる場面もあった。しかしそこから突き放され、結果的には完敗だった。


 馬場雄大(アルバルク東京)は敗因をこう説明する。


「最初からガツガツと当たられたことが、最後の場面でボディブローのように効いてしまった。40分間を通してハードに戦えず、少しずつ点差を離されてしまった」


 日本は3連敗で1次ラウンドを終え、下位グループに回っていた。それでも30点差で敗れた7日のニュージーランド戦を含めて、立て直しを果たせなかった。


 八村塁(ワシントン・ウィザーズ)、篠山竜青(川崎ブレイブサンダース)の離脱は大きなアクシデントだった。ただし大会日程が進めばどうしても負傷者は出るし、決してハプニングではない。中1日の連戦が続く中で、選手には大きな負荷が掛かっていた。


 八村はルーキーシーズンに向けた大切な準備がこれからあるし、そもそもNBAでは新人の代表参加自体が珍しい。本人の意思、そして日本バスケットボール協会とクラブの連携があったからこそ、彼は19年夏に代表でプレーできた。一方で東京五輪を前にウィザーズとの信頼関係を崩すわけにはいかない。膝の状態が万全でなく、疲労のたまった彼をクラブに返すのは妥当な決断だった。

攻撃スタイルの不安定さと3Pシュートの低迷

テンポを落とす攻撃スタイルを志向していた日本だが、速い攻めと遅い攻めで狙いが行き来した
テンポを落とす攻撃スタイルを志向していた日本だが、速い攻めと遅い攻めで狙いが行き来した【Getty Images】

 試合を表面的に見れば、日本の敗因はまず速い攻めと遅い攻めで狙いが行き来した不安定さ。さらに3Pシュートの低い成功率だった。しかし正しく教訓を得ようとするなら、より掘り下げた考察が必要になる。


 一般論で考えると、高さを武器にできないチームは、走り合いと3Pシュートに活路を見いだすのが常識だ。しかしラマスジャパンは違った。大会前から1次ラウンドにかけて、テンポを落とすスタイルを志向していた。


 Bリーグの外国籍選手のオン・ザ・コート(起用制限)ルールが変わった昨季に限れば、重量級センターを押し立てた「遅いバスケ」が躍進した。とはいえBリーグは本来、千葉ジェッツが代表するような、速攻志向のチームが多い。


 一方で世界レベルに来ると、速攻に持ち込んでもイージーショットまで持ち込めることはほぼない。守備のローテーションが外の対応を緩めることもない。


 速攻を自重する理由について、大会前の篠山主将はこう説明していた。


「走ってばかりでやっていても仕方ないし、いかに相手にDFを長い時間させるかが大切になる。打ち合いにせず、ハーフコートゲームでじわじわ我慢しながらついていって、スキが出てきたところで雄大や雄太に走らせる。そういったバランスは必要かなと思います。良いシュートが見つかるまでプレーをやめない。ピック&ロールを続ける。一つ目がダメでも二つ目、二つ目がダメでも三つ目とやり続けることで、しっかりチャンスを見つけたいとコーチはいつも言っている。24秒を使ってノーマークを見つけていけるかが、ポイントなのかなと思います」


 今はビッグマンも含めた大半の選手が3Pシュートを当たり前に打つ時代になった。その結果として3Pシュートを徹底的に潰す防御システムが普及し、2メートル級のビッグマンがスイッチして外に出てくる。


 またゴール下から外に開いたパスと、横にスライドしたパスではシュートの打ちやすさが違う。ボールをうまく動かせず、悪い体勢から狙う3Pシュートは、自らの首を絞めるものとなりかねない。


 前提となるポゼション数の差もあるが、日本は3Pシュートの試投数も5試合すべてで相手を下回った。そして3Pシュートの成功率も5試合通算で28.7%と低迷した。前後左右上下の「ズレ」を作れず、仮に打っても際どい状態で打っていたからだろう。


 篠山は大会前にこう述べていた。


「良いリズムでシュートにいければ、オフェンスリバウンドにいきやすいし、セーフティーに(守備へ)戻りやすい。相手にブレークを出されにくいオフェンスの終わり方はある」

大島和人
大島和人

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都町田市に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、バレーなどの現場にも小まめに足を運び、試合観戦数は毎年300試合を超える。日本を実はサッカーだけでなくバスケ強国であるスペイン、バレー王国・ブラジルのような球技大国にすることが一生の夢で、“球技ライター”を自称している。