僕のターニングポイント〜大切な人との物語〜

増田珠が母への感謝を表現した、たった一度の抱擁

瀬川ふみ子
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一度だけ母に吐いた弱音…

離れて暮らす増田珠と母の絆がより一層深まった母子のコミュニケーションとは… 【写真:山下隼】

 順調な高校野球生活をスタートした増田珠(福岡ソフトバンク)だが、高校1年から2年になるとき、右手首の疲労骨折を患い、しばらく練習ができなくなった。ひと冬を越え、3月に「練習再開してもいいですよ」という診察を受け、練習を再開したが、今度はその部分を骨折。

「やっとできると思ったのに、折れちゃったときは、さすがに落ち込みました……」と珠。

 やりたくて仕方がない練習ができないどころか、右手が使えず不自由な日常生活を送る珠を見て、美穂さんは何かできることはないかと考えた。そして、考えた末、作成に取りかかったのが、手作りの冊子。

 題して、“夏までの80日計画”だ。
「手先が器用だったら御守りを作るとかもあるんでしょうけど、私は不器用でそんなものは作れない。近くにいたら、美味しい料理で元気を出してあげるとかもあるでしょうけど、遠くに離れているのでそれもできない。今の私にできることはなんだろう……と考えたとき、浮かんだのが、珠が元気になるような冊子を作ることでした」

 手術した日から、復活したい日までの80日を見開きで10日ごとのワンクールにし、それを8面。左ページにはスポーツ選手の名言を盛り込み、右ページにはその日その日に思ったこと、感じたこと、誰かに言いたいことを書き込めるスペースも入れた。さらに、冊子の最後のページには、珠が憧れ尊敬していた横浜高の先輩、藤平尚真(東北楽天)が珠にLINE(ライン)で送ってくれた温かい言葉も入れた。

 出版社で働いていた美穂さんらしい、我が子を愛する母だからできる、傑作だった。

 受け取った珠は「『気を遣いすぎだろう!』と思いました」と笑ったが、「『さすが母ちゃん』とも思いましたよ。ほんと、ありがたかった。自分も親になって子どもができたら、こういう親になりたいなって思いました」。

 4月、無事に手術を終えた珠は、毎日、その冊子を開いてはスポーツ選手の格言などを読んでモチベーションを上げた。いや、切れそうな気持ちをつなぎとめた。

 だが、自分が戦線離脱しても、チームは変わらず進んでいく。横浜高は、春の神奈川大会で圧倒的な強さを見せ優勝すると、関東大会でも準優勝。「僕にできることは応援しかない」と全力で応援していた珠だが、「何で自分はここにいるんだろう」と悔しさが込み上げてきて……、冊子に励まされながらも気持ちを抑えられず……。
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