俺たちが多摩川クラシコを重視する理由 森重真人(FC東京)×谷口彰悟(川崎)
森重(FC東京/左)と谷口(川崎/右)がこれまでの多摩川クラシコを振り返った 【石田祥平】
優勝争いの行方を占うこの一戦を前に、両チームの最終ラインを引き締める守備の司令塔2人を招き、異例ともいえるシーズン途中の対談を敢行した。ここ5年半の多摩川クラシコを振り返る、森重真人と谷口彰悟の熱いクロストークをお届けする。(取材日:6月20日)
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谷口のデビュー戦は多摩川クラシコ
森重 えっ、多摩川クラシコでデビューしたの?
谷口 はい。あれ(2014年の第4節)がプロデビューでした。
森重 センターバック(CB)で?
谷口 最初、左サイドバックでした(笑)。
森重 本職じゃないじゃん(笑)。
谷口 本職じゃないです! しかもそれまで練習していたわけではなくて、試合の2日前くらいに左をやったと思ったらそのまま出ることになって。「大丈夫か!?」っていう不安しかなかったですね。
14年第4節の多摩川クラシコがデビュー戦だった谷口 【(C)J.LEAGUE】
谷口 ノボリさん(登里享平)です。でもACL(AFCチャンピオンズリーグ)でけがをされたんですよ。それで左サイドが不在になって急きょ、という感じでした。
森重 彰悟は今年、満28歳なんだっけ? 東京の選手で同級生だと……。
谷口 ぴったり同い年の選手はチャン・ヒョンスだけですね。移籍した選手であれば、セレッソ大阪の圍謙太朗と同じ世代です。
森重 大津高校の出身?
谷口 そうです、圍といっしょで。彼が桃山学院大、ぼくが筑波大を経由してJリーグに来ました。
ハマ「れば」怖かったマッシモ東京
14年当時の谷口を「トラップとパスが正確だった」と振り返る森重 【石田祥平】
森重 あっ、完全にやられましたね……。
──東京はマッシモ・フィッカデンティ監督が就任したばかりで、まだ戦術が浸透していなかった時期です。
谷口 このときのことはよく覚えていないですね。頭が真っ白で、自分のことで精いっぱいでした。ただ、前の選手が点を取ってくれて気持ちがラクになったことは覚えています。
──サッカー界の大先輩である森重選手は谷口選手の眼にどう映っていましたか?
谷口 森重さんはトップレベルのCBで、お手本になる選手だったので、よくプレーを見ていました。プロはオーラというか、存在感を出していかないといけないんだなと思いました。
森重 こそばゆいな(笑)。一回、代表で一緒になったよね?
谷口 はい。
森重 そのときの印象を言うと、彼はトラップとパスが正確で、そこが長所なんだなと思いましたね。ちょっと無理かなと思えるボールでも預けると安定する、すごく落ち着いた選手だな、と。そういう実感がある選手でした。
――2巡目の第24節は0−0の引き分け、東京としてはよく守ったという試合です。
森重 守り切るサッカーだったので、自分たちは。ただ、川崎を相手にするときはいつもどう守るか苦労します。完封できたことは自信になったと思います。一戦目の4失点から無失点への成長を感じました。ちなみに彰悟はボランチで、ビルドアップにも関わってた覚えがあります。さすが筑波大で風間八宏さんの弟子だっただけのことはあるな、と。
――2ステージ制となった15年は、5月2日のファーストステージ第9節で東京は太田宏介と武藤嘉紀、川崎は大久保嘉人と、それぞれ当時の“顔”が点を決めて2−1で東京の勝利。一方、7月11日のセカンドステージ第1節はエウシーニョとレナトのゴールによる2−0で川崎の勝利でした。このときは川崎が3バックで谷口選手はボランチ、東京は石川直宏と前田遼一を2トップで起用するという少し変わった布陣でした。
谷口 このときの風間さんは4枚と3枚を使い分けていました。相手への対策というよりは、主に自分たちの都合です。どうすれば自分たちがうまく攻撃できるかということを考えて使い分けるようになりました。
マッシモ監督時代は「ポジショニングと戦術には細かった」と振り返る森重 【(C)J.LEAGUE】
森重 決めますね。練習から、相手がこう来たらこういう守備をするんだ、こっちに追い込むんだ、と。イタリア人なので、ポジショニングと戦術には細かったですね。
──対策をするからハマったときは完璧に抑える。
森重 そうですね。
──外れてしまったときは?
森重 事前に対策をしている分、自分たちで修正することができない状況になっていて、これがハマらなかったら何をしていいか分からない。よくも悪くも、試合になってみないと分からないシーズンでした。