J3昇格へ、存在感を増すFC今治の「クラブの中の人」たち

宇都宮徹壱

「クラブの中の人」による発信『みんマガ』

経営企画室長の中島啓太。軽いフットワークで、積極的な発信を続けている 【宇都宮徹壱】

「コンサル時代、ずっと企業と向き合う仕事をしてきたので、ユーザーの顔が見えるのは初めての経験なんですよね。『この間の試合、よかったよ』とか『今日の試合も楽しみ』とか言っていただける。サッカーとかスポーツの仕事って、僕にとってすごく新鮮なパラダイムシフトだったんです。だからこそ、エンドユーザーとの接点を持つという姿勢そのものが、すごく大事だと思っていました」

 そう語る中島は2年前から、クラブの公式とは異なる個人のツイッターアカウントから、積極的な発信を続けている。「クラブの中の人」による発信は、最近でこそ珍しくなくなったが、中島はかなり早い部類に入ると言えよう。それにしても「エンドユーザーとの接点を持つ」のは理解できるが、そもそものきっかけは何だったのだろうか。

「きっかけは(JFL1年目に)昇格できなかったこと。そこから『新しいファンを獲得していかないと』という問題意識が、個人でも会社の中でも持ち上がり始めたんですよね。そうして考えたときに、SNSというのは簡単に始められて便利で無料だったので、とりあえずやってみようと。ただし、特別な戦略があったわけではなくて、本当に気軽に始めたというのが正直なところです」

 そうしたフットワークの軽さから生まれたのが『みんなの声が集まるFC今治のマガジン (みんマガ)』である。『みんマガ』は、ツイッターやインスタグラムにアップされたファンの発信をキュレーションして、今治の1週間を振り返るという試み。公式やオウンドメディアとは異なる、その斬新な切り口はたちまち人気を博し、今では一部のJクラブも導入するまでになった。そのオリジナルとなった『みんマガ』は、当初は中島がキュレーションを行っていたが、今では一般サポーターが「海賊版」として引き継いでいる。

「誰でも編集できるし、自分でネタ集めしなくてもタダで集められる。実際やってみたら『面白いじゃん』とか『こういう記録が残るのはいいね』みたいなリアクションがあったんですね。つまり、みんなの歩んできた歴史を可視化できる、ということです。たとえば35巻まで出ている漫画の34巻が一番面白いとしても、知らない人がそれだけ読んでも面白くないわけですよ(笑)。でも、積み重ねをきちんと可視化できれば、新しく来た人も『そのストーリーに自分もいるんだ』と思えるんじゃないかと考えました」

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バックヤードも補強し、「働き方改革」

岡田会長(中央)だけでなく、「クラブの中の人」たちが今治で存在感を増している 【宇都宮徹壱】

 岡田が今治の代表に就任したばかりの頃、クラブと地元住民との間には互いに遠慮するような乖離(かいり)が常につきまとっていた。しかし今では『みんマガ』のように、クラブが地域の人々を巻き込んでいく動きも見られるようになった。こうした状況を、社長の矢野はどう見ているのだろうか。

「こういう時代ですから、発信することの大切さは認識しています。岡田さんもあれだけ発信できるからこそ、さまざまな人が惹きつけられたわけですし。ただしSNSには、難しさもありますよね。誰がどんな情報を得ていて、どんな責任をもって発信しているのか、そこはきちんとしておく必要があります。中島にも『慎重に』という話はしています」

 この発言だけを切り取ると、何となく躍動感が乏しい組織のように感じられるかもしれない。しかし一方で注目したいのが、バックヤードにおける「働き方改革」。社員数が増えたことに伴い、かつての情熱を全面に押し出した働き方は、次第に見直されるようになっていると聞く。きっかけは、昨年7月にIT企業で法務を担当していた弁護士の吉田南海子が経営陣に加わったことだ。社長自身に説明してもらおう。

「岡田も私も『働いてなんぼ』という傾向が強いし、それを(社員に)無理強いしてしまっていた部分も否めませんでした。そうした中、労務に関してきちんと理解している吉田が入ってきて、人事も総務も経理も法務も全部立て直してくれました。僕なんかも『そんなん、ええやん』という感じだったんですが(苦笑)、『それでは通用しませんよ』と言ってくれる人が加わってくれたのは大きかったですね」

 今年の春、岡田会長にインタビューした際は「今は(J2規格の)新スタジアムの資金集めにかかりっきり」と語っていた。メディアでの露出は相変わらずだが、今治での岡田の存在感は、かつてないくらい希薄になりつつある。もしかしたらクラブの5年後、10年後を見据えて、彼自身がそのように仕向けているのかもしれない。

 今治での空前絶後のプロジェクトがスタートして、今年で5年目。クラブは2025年までの中期目標を策定中で、そこには新スタジアムという、これまでとまったく異なる事業規模のプロジェクトも含まれるという。新スタジアムについては「今は多くを語ることはできませんが『遠くない未来に』とだけ申し上げておきます」と矢野社長。会長に代わり、次第に存在感を示しつつある「クラブの中の人」たちの動向は、昇格争いとは別の意味で注視する必要がありそうだ。

<この稿、了。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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