J3昇格へ、存在感を増すFC今治の「クラブの中の人」たち

宇都宮徹壱

今治にやってきた「志願兵」

天皇杯1回戦が行われた夢スタは、普段とは違い閑散としていた 【宇都宮徹壱】

 いつもと違う夢スタ(ありがとうサービス.夢スタジアム)がそこにはあった。

 試合当日だというのに、いつもはスタジアムグルメやイベントで賑わうフットボールパークは、平日の閑散とした駐車スペースに戻っていた。この日は、天皇杯1回戦。初めて夢スタが開催地に選ばれたというのに、FC今治は愛媛県代表の座を松山大学に譲ってしまった。これまで何度も夢スタを訪れてきたが、ここで今治以外の試合を取材するというのも、何とも奇妙な気分である。

 この日の試合を複雑な思いで見ていたのは、今治の関係者も同様である。「ウチが出場していたら、小規模のフットボールパークを開催する予定でした。今治が天皇杯のピッチにいなかったことも含めて、やっぱり寂しさは感じましたね」──。そう語るのは、経営企画室長の中島啓太である。この日の入場者数は589人。今治が出場していたら、軽く3000人は超えていただろう。夢スタの建設にスタート時から関わっていただけに、空席の目立つ夢スタを見つめる中島の思いもまた複雑だ。

「今治に来て5年目ですが、夢スタの建設が自分にとって一番しんどかったですね。だって自分の家を建てたこともない人間が、担当者となって建設現場に入るわけですよ。施主さん、スポンサーさん、ゼネコンさん、そして現場の作業員の皆さん。毎週のミーティングの中で『ここの配管はどうするの?』とか『段差はこれでいいの?』とか、聞かれたら僕が答えなければならない。一番年下でしたし、まあ大変でした(苦笑)」

 もともと中島は、今治のスポンサーであるデロイト トーマツ コンサルティングから出向し、今治に常駐しながら夢スタの建設やJ3ラインセンス取得の作業に当たっていた。当人いわく「志願兵」。社内から人材を送り込むことを聞きつけた中島は、当時の社長と岡田武史に「僕はこの案件をどうしてもやりたいんです」と直訴。入社3年目ながら、壮大なプロジェクトに参画することとなった。そして夢スタが完成した2年前、不退転の決意をもってデロイトを退社。今治の社員となって今に至っている。

「僕の前職は基本的にBtoBなので、自分たちで商品を作ることはありませんでした。それがいきなり夢スタの建設を任されて、しかもJ3ライセンスをきっちりクリアしなければならない。もちろん、そんな経験はありませんよ。あるのは『絶対にやり遂げなければならない』という使命感だけ。そこは志願兵ですから(笑)。ただ、今でも完成した夢スタを見ていると、時々不思議な気分になることがありますね」

矢野社長が語る3年目のJFL

3年目のJFLを迎えるにあたり、矢野社長は徹底的に予算の見直しを行った 【宇都宮徹壱】

 今治というクラブ(そして運営会社である今治.夢スポーツ)は、良くも悪くも会長である岡田武史が注目される組織である。とはいえ現体制になって5年目を迎え、少しずつではあるが、中島のような「クラブの中の人」の素顔が見えてくるようになった。多忙を極める岡田に代わって、経営トップとして注目されるようになった矢野将文も、そうしたひとり。今季の経営に関して、矢野はこのように語る。

「実はフットボールパークについては、去年まで400万くらいのお金をかけていたんですが、今年は200万にまで落としました。1試合の運営費についても、あらゆる費用を半分以下に圧縮しています。昨年は赤字になってしまったので、何とか黒字にしなければならないし、昇格のために選手補強に費用を増やす必要もある。さまざまなことを考慮しながら、全社を挙げて徹底的に予算の見直しを行いました」

 JFL2年目となった昨シーズン、今治はシーズン途中での監督交代という断を下し、最後までJ3昇格の可能性を追求し続けた。リーグ終盤にはチームは持ち直し、怒とうの6連勝を達成するも、最終節のひとつ前で手痛い敗戦。他力の状態で臨んだホームでの最終節も、1−1で引き分けて逆転での昇格はならなかった。2度目の昇格失敗により、経営面での大きなダメージが危惧されたが、意外にも今治から離れるスポンサーはいなかったという。

「リーグ戦の終盤での盛り上がりは、確かに影響していたと思います。下りるスポンサーはいませんでしたし、むしろ金額アップの申し出もあったくらいで、これはまったくの予想外でした。それまで第三者の立場だった方々が『何とか昇格させなければ』という当事者意識を持っていただけたのだと思います。でもだからこそ、今年は昨年以上に重要なシーズンになると認識しています」

 3年目のJFLとなる今季、今治にとって昇格はまさに至上命題。そのために、監督には長年の岡田の腹心である小野剛を据え、駒野友一や橋本英郎といった元日本代表のベテランも補強した。とはいえ、それで必ず昇格できるほどJFLは甘くはない。その点についてたずねてみると、矢野は嫌な顔ひとつせず、こう答えてくれた。

「先輩クラブにいろいろヒアリングしますと2つ、場合によっては3つのシナリオを考えながらシーズンを戦っているんですね。昇格するケース、できないケース、そして降格するケース。常にいくつかのシナリオを考えなければならないのが、フットボールクラブの宿命です。われわれの今季の目標はJ3昇格ですが、それでも『最悪の状況』についても、きちんと頭の片隅には入れています」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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