高橋尚成が語る「イチローの抑え方」
詰まらせようと思わないことが大事
同地区に所属したこともあるイチローと高橋尚成。幾度も真剣勝負を繰り広げた
同地区に所属したこともあるイチローと高橋尚成。幾度も真剣勝負を繰り広げた【写真は共同】

 高橋尚成氏とイチロー。2人の“主戦場”はMLBだった。グラウンドで対峙(たいじ)するときの研ぎ澄まされた空間から離れれば、フランクに他愛もない話を交わせる良き先輩でもあった。「僕はテレビで見るクールなイチローさんより、プライベートな空間で冗談を言いながら、普通に話せるイチローさんのほうが好きだった」と高橋尚成氏。「日本一のバッター」とリスペクトする相手に、どう立ち向かっていったのか。


<高橋尚成vs.イチロー 通算対戦成績>

6打数0安打 打率.000 0HR 0打点 1三振

イチローのゾーンは12分割

――イチローさんと対戦してみて感じた、彼のすごさはどこでしょう?


 イチローさんというバッターの持つ雰囲気ですね。空間の中の雰囲気、対峙したピッチャーとバッターの間にある雰囲気が、「どこに投げても打たれそうだな」という感じなんです。どんな球にも対応して、全ての球についてきて、ヒットゾーンに運べるような。そんな雰囲気を持っています。


――イチローさんは、独自のストライクゾーンを持っていたと思いますか?


 それはもちろん、ありますね。ストライクゾーン自体が並みの選手より大きいんです。僕ら、よくストライクゾーンを9分割にしますけど、それを12分割にしたような、もう一枠くらい大きなくくりで打てるバッターだった感覚があります。


――NPBで1年、一緒にやっていらっしゃいますが、そのときは対戦しているのですか?


 オープン戦でも対戦していないんですよ。ただ巨人時代に一度だけ、WBCの壮行試合で巨人対侍ジャパンの試合をしたとき、対戦しました。結果はレフトフライかレフトライナーだったと思います(編集注:第1打席はショートゴロ、第2打席はレフトフライ)。


――公式戦ではないとはいえ、やはり抑えたいですよね。


 もちろんです。ピッチャーはいいバッターに対して、やはり何がなんでも抑えたいという気持ちになるんですよね。自分の得意な球を生かし、バッターの特徴を見て、読みながら攻めていくんですが、それがイチローさん相手にとてもうまくいった。ワクワクしながら対戦できたのも、好結果を生んだ一つの要因ではないかと思います。


――そのときの打ち取り方は?


 外のスライダー系でカウントを整えて、外のストレートで打ち取ったと記憶しています。


――NPB時代、左バッターを打ち取る際の配球パターンはありましたか?


 もちろん、ありました。外のストレートと外のスライダーでカウントを取る。外の出し入れですね。そこで踏み込まれたら、インコースに投げて、といった感じで、基本はやはり外のストレートとスライダー。左ピッチャー対左バッターの、基本中の基本を実践していました。


――その壮行試合では、「イチロー」という選手を意識した配球だったのでしょうか。それとも対左バッターで?


 特別な左バッターだからこそ、基本に忠実に攻めていくことを重視していきました。


――メジャーでも、「イチロー対策」はチーム単位であったのですか?


 チームミーティングでは「ゾーンの外も振ってくるから、そこをうまく使いながら攻めていけ」と言われました。アメリカで言う「アウト・オブ・ゾーン」。外のストライクゾーンのもう1個外。高低は高めから低めまで、全てです。9分割のアウトサイドにあるタテ3枠の、さらに外に3つ、枠を置いたイメージ。その12個のストライクゾーンで攻めろ、ということですね。「あれだけのバッターなんだから、そこでヒットを打たれるのは仕方ない」という気持ちで攻めていけ、と。


――高橋さんがイチローさんを打ち取るには、どのゾーンがカギになりましたか?


 外の低めのスライダーですかね。外の低めで、ストライクからボールになる球。これはもう、どんなバッター相手でも同じで、そこを中心に考えていました。それが最後の球だとしたら、いいバッターほどそこまでにいろんな球を投げていかないと抑えられないですよね。


――コンビネーションが大切。


 そりゃあ、例えば160キロを超える球があれば、話はまた別だと思うんですけど。僕なんかはやはりコントロール中心で、変化球とコンビネーションを駆使しながら投げるタイプのピッチャーなので。いろいろな球を見せながら、最後はそこにいくということですね。

「ルーティンを見ないで」3球三振

イチローにあいさつする高橋尚成(写真左)。グラウンドを離れると、他愛もない話題で盛り上がったという
イチローにあいさつする高橋尚成(写真左)。グラウンドを離れると、他愛もない話題で盛り上がったという【写真は共同】

――イチローさんのルーティンはどんなふうに見ていましたか?


 正直、あれを見ちゃうと、「なんか打たれそうだな」っていう雰囲気になるんですよね。あれに「飲まれていく」と表現したほうがいいのかな。だからそうならないように、あえて僕は見なかったです。


――NPBのピッチャーはルーティンを見ないように、高橋さんの表現をお借りすると「飲み込まれないように」しながらも、イチローさんへのリスペクトがあって、あれが終わるまで待っていた。でもMLBのピッチャーは結構おかまいなしに投げている、と聞いたことがあります。やはりそのくらいの気持ちじゃないと、イチローさんのペースになってしまいますか?


 やはりあれを見て待っているようでは、イチローさんのペースになってしまうので、そういうところから崩していかないとダメですよね。だから僕はもう自分のペースで、あれを見ずに投げるよう心掛けていました。自分のテンポで、自分の間で投げるということですね。


――イチローさんとはメジャー時代に7打席対戦して、6打数ノーヒット、1四球。最も記憶に残る対戦といえば?


 三振を取った打席ですね。


――2012年6月4日、5回表、イニングの途中でサンタナに代わり、マウンドへ。


 2死二塁でイチローさん。イチローさんが左だったので、僕が呼ばれました。


――イチローさん専用というわけではない?


 それはないですね。たまたまだったと思います。左バッターだから、左ピッチャーのお前がいけ、という感じ。


――記録を拝見すると、見逃し、見逃し、空振りの三振です。何をどのへんに投げたか、覚えていらっしゃいますか?


 確か1球目は外の真っすぐだったと思います。2球目も同じところ。1球目がちょっと甘めだったけど、2球目はいいところにいきましたね。いいカウントが取れたから、最後は外のスライダー。ストライクからボール球になるスライダーですね。それがたとえ「ボール」と判定されても、次に生きる球と思ってスライダーを選択したら、たまたま空振り三振が取れました。バットコントロールに優れていて、バットに当てる技術の高いイチローさんから3球三振を取れたことに自分でも満足していますし、いい攻め方だったと思います。


――対戦結果を見ると、ほかはフライアウトが多いですね。


 やはり「強い打球を打たれないこと」を心掛けていたんですね。ボテボテの当たりで内野安打、とかはもうしょうがないことで、それを気にしていると攻められなくなってしまう。いい当たりをされたこともありましたけど、たまたま野手の正面に行ってくれたとか。イチローさんのいい時って、ライナー性の打球や野手の間を抜けていく強い打球が一つの特長だと思うので、そういう当たりをさせないようにしていました。


――イチローさんはメジャーでの通算打率が.311ですが、日本人投手が相手だと打率.266になります。これは何か理由が考えられますか?


 たまたまの可能性もありますが、日本人ピッチャーに球の遅いピッチャーのほうが多かったからではないでしょうか。メジャーの速いボールに対応しようと、イチローさんは工夫してきたはず。メジャーの(日本人以外の)ピッチャーに対するタイミングの取り方と、「1、2〜の〜」で投げてくるピッチャーの多い日本人とのタイミングの取り方の違いが、そういう形で出たのかもしれません。

前田恵

1963年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学在学中の85、86年、川崎球場でグラウンドガールを務める。卒業後、ベースボール・マガジン社で野球誌編集記者。91年シーズン限りで退社し、フリーライターに。野球、サッカーなど各種スポーツのほか、旅行、教育、犬関係も執筆。著書に『母たちのプロ野球』(中央公論新社)、『野球酒場』(ベースボール・マガジン社)ほか。編集協力に野村克也著『野村克也からの手紙』(ベースボール・マガジン社)ほか。豪州プロ野球リーグABLの取材歴は20年を超え、昨季よりABL公認でABL Japan公式サイト(http://abl-japan.com)を運営中。

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