連載:私たちが現役を諦めない理由

やんちゃだった西岡剛が見せる大人の成熟 「豪快じゃなくていい」行き着いた幸福論

小西亮
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自ら選ぶ険しい道のり……それでも西岡剛は野球を楽しみ、夢を追いかける 【撮影:中島奈津子】

 まとってきた豪快で派手なイメージがうそのように、求道者然としたまなざしや言葉が印象に残る。「令和」という新時代を迎える年に始まった新たな挑戦。西岡剛は日々、己と向き合いながら胸を高鳴らせている。

 平成の時代すべてを野球に注いできた。プロで才能を爆発させた陰の努力や、むき出しだった野心……。栄光の記憶も反省の念も、糧にして積み上げていくと、野球人生に対する価値観も変わってきたという。独立リーグでの現状を「幸せ」と言い切る先に、見据えるものとは――。

監督に隠れて深夜に練習したロッテ時代

派手な私生活も注目を集めたロッテ時代。しかし、新人から6年間、高橋慶彦コーチと毎日深夜までバッティング練習をするなど、影で努力を続けてきた 【写真は共同】

――4歳から野球を始め、平成の時代すべてを野球とともに歩んでこられました。

 兄の影響で、柔らかいボールとプラスチックバットで友達と公園で始めた時は、とにかく楽しかったんですよ。その記憶が原点。そして、小学5年くらいから真剣に行きたい高校を目指すと、楽しいという感情がなくなってきて。どっちかと言うと苦しい。プロ野球選手になりたいではなく、プロ野球で活躍する選手になるんだという目標がありました。

――その目標の通り、大阪桐蔭高からドラフト1巡目でロッテに入団。

 20歳でレギュラーを獲った時、また楽しくなったんですよ。とにかく活躍したい、試合に出たいって。23歳くらいまでは、もう野球がめちゃくちゃ楽しかったですね。それからタイトルを獲って(2005、06年盗塁王)、WBCに出た時くらいから給料が上がっていくと、ファンの人たちの見方も変わってくる。今までやったらエラーしても「次、頑張れよ」という声だったのが、「何しているんだ」になって。そう僕自身も思っていたんですよ。1億円くらいもらっていて、何でこんなミスしてしまったんだろうと。その時期あたりから、野球は楽しむのではなく、仕事に変わっていきましたね。
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